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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

石橋 嘉一(メディア社会文化専攻)

1.事業実施の目的

本事業は、国際学術会議 “Learning Forum London: e-portfolio 2010” において、研究発表(30分間)を行うことを目的としました。

2.実施場所

London Savoy Place

3.実施期日

平成22年7月4日(日)から7月10日(土)

4.成果報告

●事業の概要


参加した学会の内容:

 Learning Forum London: e-portfolio 2010は、ElfELというEuropean Institute of E-Learningという団体が主催する学会です。学会の内容は、e-portfolioというWeb学習記録帳に関する研究発表、実践報告、ワークショップが主になります。 本年度の学会は、「e-portfolio と人間が社会に生きていく上で必要とする能力(key competence)」という表題のもと、2つのトラックと各5つの内容を機軸に展開されました。


・e-portfolio 2010 tracks
1. e-portfolioにおける看護教育とその実践
2. e-portfolioを活用した先導的教育とアイデンティティの構築
3. e-portfolioにおける雇用可能性と組織内学習
4. e-portfolio、方針と実装
5. e-portfolio、テクノロジーとシステム構築


・Key competences – skills for life 2010 tracks
1. key competenceの方針
2. key competenceと能動的市民性
3. 雇用可能性と経済革新のためのkey competence
4. key competenceの発展
5. key competenceの承認と認定


e-portfolioは、人間が知識や技術を身につけていく際に、その過程を記録し、内省を促しながら目的達成に至るための支援ツールです。今回の学会の全体の特徴としては、21世紀市民が身につけるべきkey competence(ITスキルやコミュニケーション能力)に関して、e-portfolioがどのように有用であり、また学習支援が可能であるかという研究に特化した内容となっていました。


参加したセッション:

 学会は、午前が基調講演、午後がパラレル・セッションという構成で全日開催されました。まず、一日目の基調講演は、Sampo Kellomaki氏他2名による講演があり、Towards a person centric Internet, Controlling our online digital identity という表題の下、e-learningによっていかに学習の個別化が可能であり、e-portfolioが現代社会のkey competenceを身につける上で有用であるかが述べられました。午後のセッションでは、特にLeap2a、Plop3など、ヨーロッパ特有のe-porfolio開発ツールに関しての研究報告を聴講しました。
 次に、二日目の基調講演では、Trent Batson氏他からNext Generation e-Portfoliosという題目で講演され、Web 2.0 、次世代のWeb 3.0におけるe-portfolioの発展の可能性について拝聴しました。午後からは、自分の研究発表があり、英語教育における自律学習支援を目的としたe-portfolioの効果測定の在り方について、定性的、定量的双方のアプローチからのレビューを発表しました。
 最後に、三日目の基調講演では、e-portfolio研究の大家であるHerren Barret氏がDeveloping 21st century skillsという表題で、自信の長年に渡る研究成果の総括と、有用なe-portfolioツールについての紹介が行われました。午後のセッションからは、外国語教育の研究発表が続き、とても参考になる先行事例を入手できました。特に台湾の先生方が開発したCEFR(ヨーロッパ言語能力参照枠)を活用した英単語学習用のportfolioは、私の研究とは研究目的が違いますが、portfolioの構成から評価に至るまで、研究の一連の流れから多くのヒントを得ることができました。

●学会発表について


発表の概要:

 本事業では、今後実施予定の実験に関する評価方法について研究発表を行いました。私の研究では、e-portfolioというWeb学習記録帳を用い、大学生の自律的な英語学習を支援することを目的としています。しかしながら、数週間、数か月という一定期間portfolioを用いた学習支援の評価の在り方ついては、世界的に見ても未だ明らかに提示されていません。ですので、e-portfolioのシステムを本格的に構築する前に、評価方法について先行研究から詳細なレビューを行っておくことは、研究過程上、必須の課題となっていました。
 本研究発表では、上記の課題解決を目的に、portfolioを用いた実践研究の理論的枠組みである「自己調整学習(Self-regulated learning)」から、その質的評価と量的評価の方法についてレビューを行いました。


どのような意見が聞かれたか:

 発表後の質疑応答は、積極的に行われました。聴衆から受けた主な質疑を下に記します。


1.Portfolioの効果に関して、主に学習態度についての認知的な側面に焦点を当て、心理的な尺度(scale)を用いて評価が計画されているが、達成度テスト(achievement test)を用いて学力向上を計る計画はないのか?

2.チューター(tutor)を用いて学習支援を行っていった場合、どのようにportfolioのみの効果を分析するのか?

3.客観的な評価に終始する必要はあるのか? 学生が作成したportfolioを「創造性(creativity)」という観点から、主観的な評価をした先行研究があるが、そのような逆の方向性を持つ研究についてどう思うか?

4.Portfolioの第一の目的は、自分の学習に責任を持つという「リスポンシビリティー(responsibility)」と「オーナーシップ(ownership)」にあると思うが、それらは評価対象にならないのか?

5.自己制御学習の実践においては、「自己効力感(self-efficacy)」が重要なので、今後の評価方法の在り方は、自己効力に関し焦点を当ててみたらどうだろうか?

●本事業の実施によって得られた成果


どのような成果が得られたか:

 最も大きな成果は、国際的な場面で研究発表を行ったことにより、示唆に富む多くのアドバイスを得られたことです。発表後の質疑応答時に、聴衆から研究の方向性への助言、現時点での研究の課題等を指摘頂きました。特に、今後のportfolioの実験評価については、達成度テスト実施の提案、徹底的な質的評価の可能性、学習のオーナーシップという概念の提起など、本研究領域のエキスパートからの助言を得ることができました。また、繰り返し受けた質的評価の重要性に関するコメントからは、欧州特有の評価傾向を伺うことができ、量的評価を重んじようとする本研究の方向性に関し、研究の位置づけを再考する契機となりました。
 また、約1ヵ月後に、本学会へ提出するFull Paperの提出期限を向かえます。質疑応答で得た多くの助言を反映させることで、論文の質をさらに高めることができると予測します。 以上は、研究室に篭っていたままでは得ることができない成果であり、まさに本事業を実施したことにより得られた成果であると考えています。

●本事業について


リサーチ・トレーニング事業に参加した感想:

 本事業に参加させて頂き、心より感謝致します。特に、国際会議で30分間の英語での研究発表を行ったことは、研究者としての国際性を培うにあたり、大変有意義な経験となりました。国外での自分の情報発信能力に関して、その長所と短所を発見できたからです。私の場合は、プレゼンテーションは、支障なく行うことが可能でした。しかしながら、質疑応答のノウハウに関しては、未だトレーニングの余地を感じます。また、ジョークや笑いのセンスといった、西洋的なダイアローグの潤滑油となる要素も、今後是非身につけていきたいテクニックと思いました。


専攻を超えた教育研究活動の推進に関するご意見等:

 今回の事業に関しては、単独の研究発表であったため、他専攻の学生と繋がりを持つことはありませんでした。 しかしながら、例えば、私の事業実施期間中に、イギリスに滞在している総研大生はいたのでしょうか?Google Mapのような地図に、各国に滞在している総研大生の位置が表示できると、専功を超えた連絡のやり取りを支援できるのではと思いました。そのようなシステムがあると、専攻が違えども、もし総研大生が同国に滞在しているのであれば、学生同士で連絡を取ってみようという動機の一助になり、専攻間を超えた学生の繋がりが支援できるのではと思います。