HOME > 平成22年度活動状況 > リサーチ・トレーニング事業 > 研究成果レポート

文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

マリア・ヨトヴァ(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的

国際会議(FOOD STUDIES FORUM)で研究成果発表をおこなうこと

2.実施場所

ロンドン大学、Goldsmith College

3.実施期日

平成23年2月21日(月)から2月27日(日)

4.成果報告

●事業の概要


 国際会議等研究成果発表派遣事業の一環として、ロンドン大学のGoldsmith Collegeで開催された「食」の人類学的研究の国際会議(FOOD STUDIES FORUM)に参加した。本会議のテーマはWhy We Eat How We Eat: Food Choices, Nutrition and the Politics of Eatingであり、ロンドン大学のGoldsmith CollegeとSOAS Food Studies Centreとの共同主催で実施された。
 共同主催元であるSOAS Food Studies Centreは、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院内のSchool of Oriental and African Studies(SOAS)に所属している。本研究所センターでは、食研究分野において、食物の生産から消費までの食の政治・経済・文化的側面を、歴史的視点や現代的グローバルな視点で学際的に捉える先端研究センターである。主な目的は、食文化の研究および教育の振興であり、「食」に学問的関心を寄せるSOAS学内の研究者とその他の研究機関の研究者との学術交流機会を創出し、食研究分野における情報交換、学際的共同研究を促進することである。そのため本研究所は毎年、食物に関する国際会議や学術フォーラムなどを数多く開催している。
 今回の会議には、欧米やアジアなどから主に文化人類学、栄養学、国際政治学などを専攻分野とした若手研究者が多く参加した。参加者はアジア、アフリカ、中近東などを対象として、主に食の安全、ナショナリズム、食品産業、肥満、栄養、食料不足など食にかかわるさまざまな問題を取り上げ口頭発表および討論をおこなった。
 私の発表は、社会主義的近代化を経て、グローバルなポスト社会主義時代においてヨーグルトの伝統がいかに変遷してきたか、また現代のブルガリア社会においてどのような意味を展開しているかについて、食文化のナショナリゼイションとグローバリゼーションという二つの平行現象との関係性とう視点から扱ったもので、Foodscapes: Cartographies of Eatingという会議の第二目のパネルに配置された。このパネルには、ほかに“Can French Gastronomy Become a Political Object?”や“Traditional Food as a Condition of Being Modern: The Case of Culinary Tourism in Cittaslow Seferihistar”といった発表がおこなわれた。前者はフランスの美食法をユネスコ世界遺産リストに文化遺産として登録しようとしている社会運動に着目し、地域、国家、国際それぞれのレベルで食の政治性および食とナショナル・アイデンティティとの関係性を示唆する発表、後者はアメリカの文化人類学者Lucy LONGの取り上げた「カリナリー・ツーリズム」という概念を用いて、トルコの地元の伝統料理と観光のようなグローバルな現象との関係性を探る発表であった。ブルガリアのヨーグルトのような伝統食品の付加価値の形成過程やナショナル・アイデンティティとの関係性について研究している私にとって、大変興味深い発表であった。観光と結びついて伝統食品に関するトルコの事例が参考になると思いつつ、同時に発表者が「伝統食品」という概念自体について、またその新たな意味形成のプロセスに影響を与えてきたキーアクターについて、もう少し掘り下げる必要があるのではないかと思われる。

●学会発表について


 本国際会議における私の研究発表のタイトルは、“The Bulgarian Yogurt Traditions: Practices and Interpretations in a Post-socialism Realty”(ブルガリアのヨーグルト伝統 ―ポスト社会主義期における変遷とシンボリズム― )である。
 日本では、ブルガリア出身であると自己紹介すると、ヨーグルトという食品が必ずといってもいいほど、話題に上がる。実際に、日本ではヨーグルトなしではブルガリアを語ることができない。日本において、ブルガリアとヨーグルトとの結びつきやブルガリアの肯定的な印象と捉える背景には、今や日本最大手の乳業会社である明治乳業の定番商品「明治ブルガリアヨーグルト」の役割が大きい。明治乳業がマーケティング戦略を策定するうえで、「ブルガリア」というストーリー性は非常に重要な位置を占めている。彼らのブランド構築によって、「ヨーグルトの聖地ブルガリア」というイメージ形成されたものが、今度はポスト社会主義期において、明治乳業とライセンス提携を結んでいる国営企業やマスメディアを通じて、ブルガリア社会に逆輸入されることになる。
 そこで、国民的シンボルとしての「ブルガリアヨーグルト」の新たな意味合いが形成されている。社会主義の崩壊後、ブルガリア人のナショナル・アイデンティティが揺れ動くなか、日本における「ブルガリアヨーグルト」の成功物語は、EUからのネガティブな視線を受けるブルガリアの乳製品について、新たな意味合いを与えており、伝統食品が別軸で重要な役割を果たすようになる。つまり、日本のブルガリアに対する眼差しはEU諸国のそれとは全く異なっており、新しく得たこの日本という鏡には、自然豊かで美しい“ヨーグルトの聖地ブルガリア”が写っている。この鏡を通じて得られたブルガリア人像は、高い失業率や低収入、汚職に苦しむ姿ではなく、技術力をもち長寿で幸せな生活を送るといった全く別次元のものである。現在、日本を舞台としたブルガリアの輝かしい成功が博物館の展示においても、マスメディアにおいてももてはやされ、ブルガリア人の心に深く響いている。結論としてヨーグルトは、今もなお、栄養源としての価値を失ってはおらず、社会不安に陥ったポスト社会主義期において、体を養うとともに、国民の精神性をも培っているということを主張した。
 社会主義を経験した人びとの日常生活を対象とする研究がいまだに少ないこともあり、会場の反応が非常に肯定的なものであった。パネルディスカッションにおいても、ブルガリア人の味覚や伝統食品の国家規格などについて、時間があるかぎりいくつかの質問があり、セッション終了後も、個別に質問やコメントを得た。また、多くの参加者から私の発表は大変わかりやすく、興味深かったという意見をいただけた。

●本事業の実施によって得られた成果


 本事業によって得られた成果は、大きく分けて2つあり、博士論文の執筆および研究発表と直接につながり、以下の通りにまとめられる。
 第一に、博士論文執筆に向けて、「食」を対象としている研究者からさまざまな意見やコメントを得ることができた。普段、日本語で発表することが多いため、海外の研究者から意見やコメントを寄せられる機会が限られている。こういった意味では、今回の国際会議での英語発表は、「食」をさまざまな角度から研究している諸国の研究者から批判や助言をもらえる貴重な機会となった。また、国際学会に参加したことで、学会に提出した論文が活字になる可能性が高い。そして、今回の英語発表を契機に、食をテーマとする海外の刊行物で、研究成果を公表する可能性を探る。
 第二に、SOAS Food Studies Centreの今回の国際会議において研究者同士との議論や学術交流を通じて、人的ネットワークづくりにつながった。たとえば、帰国後、アムステルダム大学の研究者から共同研究に関する相談を受けており、また他の研究者と連絡を取り合って情報交換している。したがって、今回の国際会議は博士論文執筆だけではなく、今後の研究展望や研究者としての将来性を考えるうえでは重要な場となった。

●本事業について


 文化科学研究科海外学生派遣関連事業がおこなわれることによって、国際学会参加やフィールドワークに関して多大な経済的支援をえることができ、非常に感謝している。今回は多くの収穫を得ることができ、また、発表の準備自体もとても勉強になるものであった。先生方、事務の方にも大変お手数をおかけし、ひとかたならぬお世話になった。ここにお礼を申し上げたいと思う。