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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

玉山 ともよ(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的

博士論文執筆のためのフィールドワーク

2.実施場所

アメリカ合衆国 ユタ州、ニューメキシコ州

3.実施期日

平成22年7月15日(木)から8月31日(火)

4.成果報告

●事業の概要


 博士論文のテーマである、合衆国南西部のウラン鉱山開発による影響について、特に先住民族との関わりから、その環境正義運動について過去5年ほど調査を行ってきた。今回の調査の目的は、合衆国南西部の反核市民運動ならびに、その分析のためのネットワーク理論に関する情報や資料を収集することであった。
 ユタ州ローガン市にあるユタ州立大学において市民運動のネットワーク分析や、過疎コミュニティーにおける運動生成期の成員間の相互つながり理論についてライブラリーリサーチを行った。
 その後ニューメキシコ州に移動し、約1ヶ月アルバカーキを中心に滞在し、ニューメキシコ大学において文献調査、環境正義運動NPO「SNEEJ(Southwest Network for Environment and Economic Justice)」の会議に出席、そして同NPOが主催した地球温暖化「気候正義」ワークショップに参加した。地球温暖化防止策の一環として合衆国でも原子力エネルギーが見直され、国内でのウラン再開発が活発になっていた。よって地球温暖化説がどのように原子力エネルギー推進政策に合衆国でも利用されているのかを調査した。
 一方サンタフェでは、数々のウラン鉱山開発訴訟、放射能廃棄物市民訴訟等に深く関わってきた「ニューメキシコ環境法律事務所」のエリック・ジャンツ弁護士に、現在進行中の個別のケース数件についてインタビュー調査を行った。
 8月6日は毎年この日を現地で「ヒロシマ・デー」と称し、多数の団体合同で反核デモがロスアラモス国立研究所(LANL)へ向けて繰り広げられている。2010年のデモは、同研究所が今もってプルトニウム兵器を研究、製造していることに対して抗議することを目的に行われた。特にオバマ政権になってからもLANLは予算増額(総額$60億)を確保していることに対して市民から疑問の声が上がっている。
 私はTOTB(Think Outside The Bomb)という若者主催の平和キャンプに自分の子ども達とともに参加した。TOTBは、全米の若者を反核をテーマにオーガナイズしている団体であり、この年はニューメキシコ州チマヨ市にて、50人を越える州外からの参加者を迎え、地元サンタクララ・プエブロ先住民の若者等と交流を行いながら、野外平和キャンプを開催した。そしてこのキャンプのプログラムの一環として、ロスアラモスでの効果的なデモの組み立て方とその実践というものがあった。
 その後、ギャロップ市、ナヴァホ先住民保留地、ラグナ・プエブロ保留地、アコマ・プエブロ保留地とまわり、そこでは主にウラン鉱山再開発プロジェクトの反対運動関係者とトライブ政府関係者にインタビュー調査を行った。
 現在、私はMASE(多文化の人達による安全な環境を求める連合)という団体のメンバーに入れてもらって、そのMASEが主催、あるいは協力団体が主催する様々な行事・キャンペーン・活動に滞在中参加し、調査を行っている。8月後半にMASEの会議で、連邦環境保護局(USEPA)の第9地区と第6地区の担当官に会うことができ、保護局の政策方針ならびに、地区でのウラン鉱山跡と精錬所跡の環境修復活動が、政府レベルでどのように行われているのかについてインタビューを行うこともできた。
 このように、ライブラリー調査などの文献調査と地元の数多くの関係者の方々にインタビューすることを組み合わせてフィールドワーク行い、情報収集ならびに資料収集に努めた。

●本事業の実施によって得られた成果


 本調査では、環境正義NPO/NGOのネットワーク手法や活動方法(資金調達から人集めまで)について、具体的な事例を通して知る機会を得た。

ニューメキシコ州の環境正義運動の歴史的経緯

 SNEEJは、アルバカーキ市の市街地に近いサンディア国立研究所から排出される有毒物質によると思われる健康被害が付近で多発したこと、それに対する運動が団体発足の契機となっている。90年代まで一地域のローカルな運動でしかなかったものが、全米各地で人種や民族におけるマイノリティーの居住地域で公害が起こりがちであることが次第に明らかになり、他州の運動と連携し発展していった。そしてクリントン政権時代に大統領令が発せられ、人種や民族の違いによって享受できる環境格差の改善を目指し、92年には環境保護局の一部署として環境正義が取り上げられるほどにまでなった。SNEEJは、リーダーであったリチャード・ムーア氏が先頭に立ち、アルバカーキ周辺の環境グループをとりまとめ、カリフォルニアの団体と協力関係を結ぶなど、全米レベルの運動に引き上げた。しかし特に2005年以降、運動自体が経済状況の悪化に伴い、資金難や人材難によって収縮した。だが少数の個人により、環境正義運動の基本理念や行動様式が、様々な他の市民運動そして種々のNGOに受け継がれているということが確認できた。

ニューメキシコ州を中心とする核問題への市民運動のアプローチ

 ニューメキシコ州は、核関連施設の数が全米の中でも際立って多くある州である。ロスアラモス国立研究所とサンディア国立研究所という、二つの代表的な核兵器開発国家プロジェクト推進機関が州内にあり、同時にトリニティ・サイトのような核実験場、WIPPと呼ばれる核廃棄物中間貯蔵地、そしてカートランド空軍基地をはじめとする核軍需施設。さらに加えて州内における廃坑となったウラン鉱山の数が無数にある。それだけこの原子力産業に従事している者も実際多いということであり、州の歳入の多大な部分もこの核関連施設から上がってくる。
 ロスアラモス研究所は、断崖絶壁の城塞都市のような高台(メサ)の場所にあり、40年代にマンハッタン計画によって設立された当初は、地図にもない隠された場所であった。しかしそこは元々サンイルデフォンソ・プエブロ先住民をはじめとする地元プエブロ系先住民族が古くから住んでいたエリアであり、彼らの祖先だと考えられているアナサジ古インディアンの遺跡も数多くある。地元先住民族トライブの住民の多くは、秘密裏に行われている核開発プロジェクトに不信感を抱いているが、現在では同研究所がその地域唯一の雇用場所となっており、関連施設を含めると研究所関連で仕事を得、生活している人が非常に多い。人種民族構成でいうとヨーロッパ系住民が圧倒的多数でホワイトカラーの職種につき、先住民族など有色民がブルーカラーの職種に多くついている。
 同市ではニューメキシコ州内でも飛び抜けて平均収入が高く、健康保険にも多くの者が加入することができている。この市から車で約30分ほどの田舎町であるエスパニョーラ市は対照的に、中米からの麻薬の一大取引所という異名を持つほどロスアラモス市と比べると治安は悪く、失業率も高い。そしてその周辺の小さな先住民族保留地においてはもっと失業率が高く貧困者が多い。
 今回の調査によって、反核運動を表立って行っているのはいわゆる白人層であり、むしろ先住民族グループや、チカノ・チカナと呼ばれるメキシコ系コミュニティーにおいては運動は活発ではないことが明らかになった。生活を経済的に支えるものとして既に同研究所は地域になくてはならないものとなっており、関連の末端の仕事に往々にして従事している近隣有色住民にとっては、同研究所に経済的に依存している。
 しかしその中でも声を上げる(あるいは上げることのできる)個人はおり、彼らはいわゆる白人が主催する団体に関わって、自らの意見や経験を語る場を得てきた。言うなれば「ヒロシマ・デー」のデモを主催してきたのはいわゆる白人のクリスチャンが中心で、ニューメキシコ州は先住民族トライブ数だけでも20以上あり多種多様な人々が住んできた土地ではあるが、こと反核運動に限っていえば先住系主導の運動というものはこれまで非常に少なかった。しかし、土地を奪われ、放射能廃棄物を地域に多量に抱え込まされてきた先住民族を中心とする有色民が受けてきた公害の被害や苦痛の度合いは、ヨーロッパ系住民の比ではないほど深刻である。単に環境問題だけでなく、経済や社会問題と重なって格差が人種民族間で顕著になっている。
 ニューメキシコ州における反核運動のアプローチは、表立っては核施設から経済的恩恵を直接受けていないロスアラモス近郊に居住していないヨーロッパ系住民が反対を唱え主導している。核施設のある地域はどこでも、その施設に経済的に依存し、人々の心の中に反核意識はあるものの、しかしそれを表明するには核関連施設なくしては経済的に成り立たないというジレンマを彼らは抱えながら、複数の意見が混在しているという状況であるということが明らかになった。

●本事業について


 比較文化学専攻と地域文化学専攻のフィールドワークを研究の基礎におく学生にとっては、本事業はなくてはならないものであり、その意義は大変大きいと考える。よって今後とも予算措置が講じられ、このような事業が継続されることを望む。