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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

屋代 純子(日本文学研究専攻)
(学会登録名:高野 純子)

1.事業実施の目的

 申請者は、本年6月、花袋研究学会第50回定期大会(会場:東洋大学)において、研究発表「叙景と西欧文学―『雪の信濃』」を行い、「雪の信濃」(初出は明37・12「太陽」、後に『草枕』明38 隆文館、および『艸枕・旅すがた』大3 隆文館に収録)の叙景表現の成立に影響を与えた西欧文学について論じた。発表の中で特に着目したのはモーパッサンの紀行文であり、群馬県館林市の田山花袋記念文学館に所蔵されている洋書(Guy de Maupassant, Au Soleil or African Wanderings, VOL.ⅩⅡ,Akron Ohio, St. Dunstan Society, 1903) 「太陽の下へ(An soleil)」に傍線の記入が認められることを、調査に基づき、指摘した。
 同じく西洋文学受容の問題に関わる今回の調査活動では、田山花袋記念文学館のご許可をいただき、モーパッサン、ズーデルマンに関する田山花袋の翻訳・翻案原稿について研究調査を実施した。本調査の目的は、どのような表現手法が訳業を通じて編み出されていったかを考察することにある。

2.実施場所

田山花袋記念文学館

3.実施期日

平成22年9月14日(火)から平成22年9月17日(金)
平成22年9月22日(水)から平成22年9月23日(木)

4.成果報告

●事業の概要

 今回、調査活動を行ったのは、田山花袋記念文学館に収蔵されている花袋の翻訳・翻案に関する原稿3点、「村長」(モーパッサン「ロックの娘」の翻案。執筆時期は明治34年10月27日から12月2日。初出は、明34.12「文芸倶楽部」、後に「花袋とその周辺」8号 昭63・6 文学研究パンフレット社に収録)、「散歩」(モーパッサン「捨てた子」の翻訳。執筆時期は明治34年11月25日から27日。初出は明35・1「明星」、後に「花袋とその周辺」9号 昭63・12 文学研究パンフレット社に収録)、原稿「カッツェンステッヒ」(ズーデルマン「猫橋」の翻訳。執筆時期は明治35年。花袋の「猫橋」翻訳は、「月光」<初出は明39・3「婦人画報」、後に「花袋とその周辺」17号 平4・12 文学研究パンフレット社に収録>、「戦後」<初出 明39・6「太陽」、後に「花袋とその周辺」17号に収録>、「老牧師」<初出は明39・9「新古文林」、「花袋とその周辺」17号に収録>、「風雪の夜」<初出は明40・5「青年」、後に「花袋とその周辺」22号 平7・6に収録>など、断続的に発表されている)である。
また調査研究の最終日には、収蔵資料であるHermann Sudermannの著作9点“Regina”(刊行年1899) “Deschmister”(同1899) “The Undying past”(同1906)“John the Baptist” (同1909)“Sodoms Ende”(同1899)“Jm Zmielieht”(同1899)“Heimat”(同1900) “The Joy of Living”(同1903)“ The Indian lily”(同1912)に関する調査を行った。
 調査期間中、文学館の常設展および夏の展示企画「収蔵資料展 田山家にのこされた花袋の遺品」「平城遷都1300年祭ミニ企画 花袋と楽しむ100年前の奈良の旅」を見学させて頂いた。展示の最後には『田舎教師』の感想を幅広い年代の読者から集めたコーナーも設けられており、子どもから大人まで多様な視点からの文学作品の享受の問題を考える上で興味深かった。更に、『館林市史 資料編6 近現代Ⅱ 鉱毒事件と戦争の記録』をはじめとする館林市の刊行物についても閲覧・購入することができた。前掲『館林市史 資料編6』は、「第一章 足尾鉱毒事件と館林地域」「第二章 戦争の記録と記憶」「第三章 町と村のくらし」の全三章で構成されており、国立公文書館所蔵の鉱毒事件関係資料約90点を初めて活字化しているなど、注目すべき書物である。「第二章 戦争の記録と記憶」においては、「日露戦争と館林の人びと」の項があり、日露戦争時、従軍記者となった花袋が記した従軍日記・手帳類(田山花袋記念文学館所蔵)の翻刻が抄録されている。花袋以外の館林の人々と日露戦争の関わりを示す資料も、同時代の証言として大変貴重なものである。

●本事業の実施によって得られた成果

 自筆原稿、あるいは構想メモ・日記をも含めた草稿研究は、1990年代以降、吉田城氏、松澤和宏氏らによってフランス生成論が紹介され、近年更なる進展をみせている。2000年代には、漱石の自筆原稿の復刻、雑誌「改造」の直筆原稿の画像データベースなど、研究者の尽力により、新たな研究資料の刊行も相次いだ。しかし、雑誌「文学」(平22・9 岩波書店)「特集 草稿の時代」において「草稿を研究するといっても、何をどのように扱うのか、その目指すところは何か、草稿研究によって何が、なぜ明らかになるのかといった点については、研究者間で確たる共通了解があるとは言えず、多くの課題が充分に検討されることなく残っているように思われます」(「《座談会》草稿の時代」司会者 井上隆史氏による)との指摘があるように、草稿研究のアプローチには手探りで方法を見出していく部分が今なお残されている。
 今回、調査させて頂いたのは花袋の翻訳・翻案に関する原稿であり、夥しい削除・加筆が施され、西洋文学を日本語で書かれた文学に転換していく上での作者の苦心の跡が感じられるものであった。研究成果をまとめるにあたっては、初めに記した近年の研究動向をふまえつつ、自らのアプローチの方法を探っていきたい。
 作家の自筆原稿や蔵書は、文学館にとって大変貴重な第1級の資料であり、研究結果の公開については田山花袋記念文学館のご意向を充分にふまえながら行っていきたい。まず初めには、2010年12月の中間報告論文研究発表会において、調査結果に基づく研究発表を行うことを予定している。

●本事業について

 本年4月に総研大に入学した私にとって、今回が初めて文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業への参加となりました。現地に宿泊して全6日間にわたる調査研究を行うことがかなえられたのは、 田山花袋記念文学館の皆様のご厚意と、本事業を通じての大学としての研究支援によるものです。大変有り難く感じています。