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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

陳 可冉(日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

秋田県立図書館蔵『本朝一人一首』の調査

2.実施場所

秋田県立図書館

3.実施期日

平成23年7月18日(月)から7月20日(水)

4.成果報告

●事業の概要

 『国書総目録』(日本古典籍総合目録データベース)によれば、林鵞峰編『本朝一人一首』(寛文五年跋刊)の諸本の中で、唯一「寛文十年刊」の一本が秋田県立図書館に所蔵されているという。申請者はこれまで国文学研究資料館のマイクロフィルムで確認できるものと東京都内の諸機関の所蔵を中心に、『本朝一人一首』の諸本を調査してきたが、「寛文十年」の刊記をもつという秋田県立図書館本は、他の諸本の刊年を判断する一つの決め手となるのではないかと考えていた。
 電話で問い合せたところ、秋田県立図書館は遠隔による資料の複写サービスを提供しておらず、加えて『本朝一人一首』の諸本を研究することに当たり、同館所蔵の原本を調査しなければならないので、本事業による現地調査を実施したのである。

●本事業の実施によって得られた成果

 「事業の概要」で述べた通り、『国書総目録』等の記述によれば、秋田県立図書館本は『本朝一人一首』の諸本の刊年を示唆できるほど重要な一本である可能性が高い。しかし、残念なことに、今回申請者が調査した結果、「寛文十年」と言われた同書の刊年は、巻末の刊記によるものではなく、書誌を記載する段階での何らかのミスであろうと言わざるを得ない。
 秋田県立図書館本は巻十最終丁の裏に「寛文乙巳仲春既望」という刊年の記述(正確にいえば黒川玄通による刊語の作成日)が認められるが、それは他の諸本にも見られるもので、秋田県立図書館本特有のものでもないし、第一「寛文乙巳」は寛文五年であり、「寛文十年」ではない。秋田県立図書館の公開した書誌では、同書の刊年を「寛文十年」と記されたのは、ほかの根拠でも持っているからかどうか、現在不明であるが、或いは年号の干支を間違えた、ただの単純ミスであったかも知れない。
 巻首に押された蔵書印によると、秋田県立図書館が同書を購入したのは、明治三十四年五月二十二日であるが、大正三年三月に出版された『秋田縣立秋田圖書館和漢圖書分類目録』(文学及語学之部 下巻)には、「文学/支那文学/詩/総集/(日本人著作)」に分類された、同館蔵の『本朝一人一首』について、すでに「一〇巻 林恕(鵞峯)著 寛文十年」と著録されている。以来、同館による所蔵の情報をはじめ、『国書総目録』や『日本古典文学大辞典』・「本朝一人一首」項も、「寛文十年」の記述を鵜呑みにしたと思われるが、正しくはやはり「寛文五年跋刊」とすべきところであろう。
 今回の調査は、どちらかといえば期待を外れた結果となってしまったが、上記のことを含めて、諸本の調査によって得られた様々な事実や情報は、実際に原本を手にとって見なければ分からないものばかりである。その意味で、いろいろ調べて「なかったこと」を確認した作業も価値のあることと言える。時間の調整がうまく行けば、今年韓国高麗大学校で開催される日本近世文学会の秋季大会におても、今回の調査結果を報告したいと考えている。