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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

屋代 純子(学会登録名:高野 純子)(日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

 明治期における翻訳・翻案に関する調査研究として、田山花袋の翻訳作品の原稿について調査を行い、併せて洋書、和書の調査を実施した。原稿に関しては、最初の翻訳「コサアク兵」原稿(トルストイ原作、明治26年9月に博文館より刊行、明治37年10月に博文館より、新たに序文を付した改装版である『哥薩克兵』を刊行)、および「散歩」原稿(モーパッサン原作、明治35年1月「明星」に発表)を中心に調査を行った。花袋は「西鶴の価値-それも、モウパツサンを読んでから、私にはよく飲み込めて来た」(『東京の三十年』大正6・6 博文館)というように、西欧文学と近世文学とを関連づけていく述懐を残している。これをふまえ、和書の調査に関しては近世文学の文献を含めることとした。

2.実施場所

田山花袋記念文学館

3.実施期日

平成23年1月11日(水)から1月12日(木)、1月17日(火)から1月19日(木)

4.成果報告

●事業の概要

 翻訳作品の原稿「コサアク兵」(執筆時期:明治26年6月8日~12日)、原稿「散歩」(執筆時期:明治34年11月25日~27日)の調査を実施した。また、2011年12月の中間報告論文発表会において「山小屋」(初出は、明治37年2月「文芸倶楽部」)の翻案作品としての可能性について論じたことから、日光を舞台とする作品「春の日光山」(執筆時期:明治30年5月17日~18日)「日光」(執筆時期:明治32年5月1日~10日)の原稿も併せて調査させて頂いた。
 また収蔵資料の洋書については、“Maupassant Nobellen”(1897)、及びモーパッサンの著作集“Short stories of the Tragedy and comedy of life”(1903)のⅠ、Ⅱ、ⅩⅤ巻、“Une vie or the History of a Heart”(1903)Ⅵ、地域別に海外の作品を収録している“Stories by Foreign Authors”(1901)のIreland編、Scandinavian編、French編Ⅰ~Ⅲの調査、和書については『詩韻含英異同瓣』『塵塚物語』『寓簡』『比古婆衣十一の巻』『おさん茂兵衛 恋八卦柱暦』『江戸旧事考』の調査を行った。
 期間中、文学館の常設展および「収蔵資料展 田山家にのこされた花袋の遺品」を見学させて頂いた。展示パンフレットに示されている「田山家の冬、お正月の過ごし方を伝える品々を展示します」という言葉通り、「正月随筆」が収められている『花袋随筆』(昭3・5)などの花袋著作、国木田独歩、島崎藤村らが花袋に宛てた年賀状から、見学者が当時の「お正月」を想像していく楽しみのある展示であった。また、「花袋愛用の品々」の展示物の中には、原稿用紙印刷用具も含まれていた。実際には様々な種類の原稿用紙を花袋は使用しているが、作家が所有していた用具として興味深かった。

●本事業の実施によって得られた成果

 起稿日・脱稿日が記された翻訳原稿には、何度も言葉を選び直し、推敲を重ねた痕跡が残されている。その分析を通して、花袋が翻訳によってどのような表現手法を生み出していったのかについて考察を進めたい。
 今回調査させて頂いた洋書の中で、モーパッサンの著作集(1903)には、ペーパーナイフで切り開かれた部分と開かれていない部分があり、花袋がどんな作品に興味を抱いていたのかを探る手がかりとして興味深かった。また、挿絵が附されていることも調査を通じて確認できたため、それらが作品イメージを形成する上で関与した可能性も考慮したい。
 “Stories by Foreign Authors”(1901)のScandinavian編には吉田正訳の「小話二篇」(ビョルンソン)の切り抜きが挟まれていた。田山花袋記念文学館に、収蔵時の調査で挟まれていたとの記録が残されていることを教えて頂いた。花袋自身が切り抜き、挟み込みを行ったかについてはまだ断定できないが、花袋のビョルンソンへの関心を考える上で、今後更に検証を重ねていきたい事象であった。
 また調査を行った和書の中には、例えば『おさん茂兵衛 恋八卦柱暦』(明治23年3月出版、発兌元 武蔵屋叢書閣)の本文で「涙をもらす戸のすきま、声なき冬のきりぎりす壁にすがりて泣ゐたり、」の部分に傍点が附されていることも確認できた。それが花袋自身によるものか否かは、傍点のみでは特定することができないが、鉛筆あるいはペンによる書き込みは花袋蔵書の他の本にも認められる。こうした表現へ関心を示していた可能性を視野に入れて、今後の検証・考察を重ねていきたい。
 今回の調査研究に基づき、文化科学研究科学術交流フォーラム2012において、成果発表(ポスター発表を予定)を行いたい。作家の自筆原稿や蔵書は、文学館にとって貴重な第1級の資料であるため、研究結果の公開については田山花袋記念文学館のご意向を充分にふまえながら行いたいと考えている。

●本事業について

 今回が2度目の文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業への参加となりました。全5日間の資料調査をご許可下さった田山花袋記念文学館の皆様のご厚意に感謝しております。また、本事業を通じての大学としての研究支援を有りがたく感じております。