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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

吉田 小百合(日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会における研究発表

2.実施場所

ノートルダム清心女子大学

3.実施期日

平成23年7月16日(土)

4.成果報告

●事業の概要

 現在申請者は、『栄花物語』における敦康親王、中関白家および高階家について研究を行っている。最終的には『栄花物語』の敦康親王誕生問題の解決を目的に研究を進めており、本発表ではその一環として、『栄花物語』における中関白家に関する表現法に着目し、そこから作者の歴史観と中関白家に対する意識を見出すという内容の研究発表を行った。
 なお、本学会の構成は、午前・午後に各二名ずつ、計四名の研究発表(内、一名は教員)と、一名の国語教育実践報告となっており、申請者は午前に研究発表を行った。

●学会発表について

 本発表では、中関白家に対して使われる形容表現のひとつである「今めかし」について考察を行い、その過程でみえてくる作者の歴史叙述の方法と、中関白家に対する意識を明らかにした。
 これまで、中関白家については今めかしい一家としての認識が定着しているが、『栄花物語』での中関白家研究において、「今めかし」という語に着目しての研究はほとんどない。研究史を整理すると、新間進一氏(「栄華物語の「今めかし」に就いて」(『国語と国文学』昭和21年12月号)が『栄花物語』における「今めかし」の用例を具に検証され、その意義を論じられたが、その論証方法には不備が多い。特に新間氏の指摘する、時間の概念を伴わない、単純に華やかさを意味するという点については、犬塚旦氏(「今めかし考」(『国語国文』第20巻第3号)によって反証されている。また、犬塚氏の論考は、『栄花物語』ではなく王朝文学における今めかしに主眼をおいた論調であったため、本発表で問題とする、中関白家と今めかしの関連性については、ほぼ触れられていない。この後、増田繁夫氏(「『栄花物語』の描く中宮定子と彰子の後宮―「気近さ」と「奥深さ」―」(山中裕ほか編『栄花物語の新研究』)が中関白家に関する表現として気近さを指摘されたが、これは中関白家にのみの特徴的表現ではなく、むしろ藤原兼家女の女院詮子に対する形容表現として注目すべきであり、増田氏の論考については再考の必要があるだろう。ただし、本問題を考えていく際のひとつの指標として、念頭に置くべき言説であることは間違いない。以上、これまでの先行研究に触れながら、本発表では「今めかしに」主眼を置き、「気近し」についても若干の考察を加えていった。

●本事業の実施によって得られた成果

 本事業の達成目標は、『文化科学研究』の投稿・掲載にある。研究を進める際、随時指導教官ほか、諸先生方に指導を仰ぐこともあるが、それだけではなく、研究内容について広く多分野の研究者に論の是非を問う必要がある。そういった場所として、研究発表と論文発表があるが、論文にする前段階として、やはり一度研究発表をし、多くのご意見を頂いた上でより研究を深化させるという手順は欠かせない。
 本発表を行った際、質疑応答の規定時間では収まらないご意見・ご質問を頂き、質疑応答後も、多くの方からご意見ご教示頂くことができた。一例をあげると、『源氏物語』絵合巻において、「今めかしく華やか」なものを用意した弘徽殿女御(昔の頭中将女)方と、昔のもので名高いものを用意した梅壺女御(六条御息所女、光源氏養女)方が対比的に描かれていることから、作者が『栄花物語』の中にこれを投影し、今めかしく気近い中関白家と、奥深さを重視する道長方という対比的表現を用いたのではないかというご質問を頂いた。ご指摘については、申請者も検討中であることをお伝えしたが、この点についてはいくつかの問題点がある。この絵合巻にのみ注視するのであれば、ほぼご指摘の通りで、両者の影響関係を論じることは可能であろう。しかし、物語全体を通してみると、「今めかし」という言葉は光源氏に対しても多く用いられている表現であることと、絵合巻にも源氏方に「今めかし」が使われている場合もあることから、絵合巻の例だけでは両作品に明確な影響関係を指摘することはできないと回答した。ただし、『栄花物語』が『源氏物語』から多くの影響を受けていることは従来の指摘通りであるから、この問題については慎重に扱い、論文に反映させていきたい。
 このほか、ご質問・ご指摘の一つ一つは非常に重要で、本発表だけではなく、今後の博士論文の方向性、内容に関しても多いに参考になることばかりであった。これは、単純に研究発表の成果に留まらず、今後の研究生活にも生かしていきたいと考えている。また、多く叱咤激励して頂けたことが嬉しく、非常に有意義な研究発表となった。

●本事業について

 今回は国内での研究発表ではあったが、開催校が遠方ということで交通費がかなり高額となった。そのため、交通費を支給して頂けたことは、学生の身として非常にありがたいことであった。
 本事業を通して、このように、研究発表のための費用を支給頂けることは学生にとって恵まれた環境を整備して頂けているという感謝の念である。先般の震災以来、我々学生を取り巻く環境も若干の変化を見せつつある。日本の情勢を考慮に入れても、学生である申請者に、研究上必要な支援をして頂けることはありがたいことである。本事業に採択されたことによって、また、今後も本事業が継続的に行われるためにも、日々研鑽をし、より良い研究を心がけ、必ず成果、つまり博士論文につながる論文を書くことが必要である。さらに、我々の研究が、何らかの形で社会に還元できるよう、方法を考えていきたい。