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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

吉村 健司(比較文化学専攻)
現在のカツオ船(本部町)カジキマグロの水揚げ風景(与那国島)カジキマグロの解体の様子(与那国島)捕獲されたホオジロザメ(池間島)サメの解体風景(池間島)

1.事業実施の目的

博士論文執筆に係る現地

2.実施場所

沖縄県 本部町、宮古島、池間島、石垣島、与那国島

3.実施期日

平成23年7月1日(金)から8月19日(金)

4.成果報告

●事業の概要

 本事業では、博士論文「沖縄島嶼地域における社会変化をめぐる民族誌的研究」に係る現地調査を実施した。本調査を実施するにあたり2つの目的を設定した。一点目は、博士論文の調査対象として新たに加えた池間島および与那国島における漁業の概観を把握すること。2点目は、これまで継続して行ってきた本部町のカツオ漁を中心に、池間島および与那国島のカツオ漁の動向を調査することである。また、これらを把握するための補足調査として、各地域の図書館等での文献資料の収集も実施した。さらに、池間島および与那国島については本格的に調査として入るのは、今回が初めてであったため今後の調査基盤を構築することも大きな目標であった。
 はじめに、那覇において図書館について池間島、与那国島に関する文献資料の収集にあたった。
 本部町では、本部漁協において以前から取り組んでいる漁協資料のデータ化を行った。また、昨年度をもって解散したカツオ船の後継船団に関する聞き取り調査を行った。さらに、衰退しつつある本部町のカツオ漁の今後について、組合参事、本部町役場の担当者、および民間企業の担当者と議論を交わし、今後も継続して議論していくこととなった。
 池間島では、漁協より池間島漁業に関する資料の提供を受けた。池間島では2007年にカツオ漁が終了した。しかし、カツオを求める住民が依然として多くいる。彼らに対する需要を満たすために、いかなる流通がなされているのか聞き取りを行った。その結果、宮古島、伊良部島と連携した形で、池間島にカツオがもたらされていることが判明した。池間島の漁業の概観を把握するために、本調査ではサメ漁に同行し参与観察を行った。またその流通構想についても議論した。
 沖縄県において、与那国島はカツオ漁がもっとも盛んな地域の一つとなりつつある地域である。その要因として石垣島の企業が参入したことが挙げられる。そこで、まず石垣島の企業訪問をし、企業に取り組みに関する聞き取りを行った。また、本企業は与那国島に工場を保有しており、工場見学の了承を取り付けた。そして、与那国島工場の見学を行った。
 与那国町漁協では、与那国島における漁業の全体像に関する聞き取りを行った。また、与那国島においてもっとも盛んに行われているカジキマグロ漁の参与観察の依頼を行い、後日カジキマグロ漁に同行し、漁の様子についての記録を行った。
 以上が、本事業によって実施した調査の概要である。

●本事業の実施によって得られた成果

【調査成果】
 本事業では、先述のように博士論文「沖縄島嶼地域における社会変化をめぐる民族誌的研究」に係る現地調査を実施した。本調査は、1)博士論文の研究対象として、新たに調査対象とした池間島および与那国島における漁業の外観を把握すること、2)修士課程より調査を続けている本部町のカツオ漁の現状把握を中心に、あらたに池間島、与那国島におけるカツオ漁の動向を調査することを目的とした。以下では、本調査の目的および事業概要において述べた点に沿って、調査地域別に本事業の成果について報告する。

・本部町
 報告者がこれまで調査してきた本部町のカツオ漁船団は、2010年度をもって解散した。しかし、2011年度より新たな漁船を導入し、新たな船団によってカツオ漁は存続することが決定していた。そこで、本調査では新たな漁船団の構造に関する聞き取りを実施した。聞き取りを行った結果、現時点では明確なシステムは構築中であった。昨年まであった漁船団は、餌採捕班、カツオ採捕班含め30人おり、ほとんどが経験者であった。しかし、新たな漁船団は5名で餌採捕とカツオ採捕を行い、しかも経験者は一名だけであった。そこで、本年は未経験者に対する教育を兼ねた試験操業という段階であった。ただし、本調査によって判明した大きな点は、餌採捕とカツオ採捕を同一船団で行っているということである。この操業方式は、現代のカツオ漁においてはほとんど見られない形式となったために、日本のカツオ漁における文化的価値が高い。また、報告者がかつて地域漁業学会広島大会(2008年)で指摘した本部町のカツオ漁政策の問題点を克服したものであった。
 また、本調査では本部漁協から依頼されている漁協資料の電子化の作業も実施した。これは、報告者が修士課程より断続的に行っているものである。多くの漁協に残る古い資料は資料価値として高いものがあるが、電子化されず当時の紙の資料として保存されている。その結果、紙の劣化は災害が起きた際にその資料が消失してしまうことがある。そこで、報告者は漁協資料の閲覧も兼ね、電子化の作業に協力している。
 本部町のカツオ漁は2011年度に新たな船団が活動を開始したが、依然としてカツオ漁の存続は厳しい状態であるといえる。しかし、町には「本部町=カツオ」と考える人達が多いのが実態である。そこで、本部のカツオ漁を存続させるための方策について、本部漁協の参事、本部町役場の担当者、民間企業の担当者と意見交換を行った。意見交換では、報告者のこれまでのカツオ漁に関する資料の提供を行い、今後も継続して議論していくこととなった。

・池間島
 池間島では、まず漁協においてカツオ漁関係の資料の閲覧を行った。しかし、漁協内部の資料、特に漁獲統計に関しては平成15年の台風によってほとんどが消失してしまい、また、その後数年間は漁協機能が停止していたため、池間漁協には存在していない。今回の資料提供によって、池間島の漁業史の完成に大きく近づいた。残りは次回以降の調査によって細部の聞き取り等を行う予定である。
 現在、池間漁協ではカツオ漁は行われていない。しかし、カツオを求める住民は多い。そこで、池間漁協では近隣の伊良部漁協所属のカツオ漁船からカツオを購入し、池間漁協で販売している。このことから、宮古列島におけるカツオの食文化は伊良部島によって支えられているという構図が明らかになった。
 では、池間島における現在の漁業形態はどのようになっているのだろうか。組合員のほとんどが「巻落し」(石巻落し)と呼ばれる深海一本釣り漁に従事している。池間島では、スジアラ(Plectropomus leopardus)、ハマダイ(Etelis coruscans Valenciennes)、オオヒメ(Pristipomoides filamentosus)、ハナフエダイ(Pristipomoidae argrogrammicus)、ヒメダイ(Pristipomoides sieboldii)、アオダイ(Paracaesio caeruleus)、ユカタハタ(Cephalopholis miniata)、キビレハタ(Epinephelus macrospilos)、アオチビキ(Aprion virescens Valenciennes)、オオグチイシチビキ(Aphareus rutilans)、ナンヨウキンメ(Beryx decadactylus)、キビレアカレンコ(Dentex abei)、コロダイ(Diagramma pictum)、イソフエフキ(Lethrinus atkinsoni)、シロダイ(Gymnocranius euanus)、ハマフエフキ(Lethrinus nebulosus)、アミフエフキ(Lethrinus semicinctus)、ナンヨウカイワリ(Carangoides orthogrammus)といった県内では比較的高値で取引される魚種がターゲットとなっている。通常であれば漁獲された獲物は池間漁協を通じて出荷されるが、先述の台風15号によって漁業機能が崩壊したため、現在では宮古島漁協まで漁師が直接出荷している。
 また、池間島ではサメ漁も行っている。サメ漁は沖縄県の害魚駆除の一環で行われることが多い。報告者は、本調査期間中に唯一操業を行ったサメ漁に同行した。サメ漁は延縄を前日夕方に仕掛け、翌日の午前中から捕獲するのが一般的である。なお、本調査で同行したサメ漁では、14時に池間漁港を出港し、池間島の東10㎞の海域に計36本の針を仕掛けた。帰港は18時頃であった。翌日は、7時に池間漁港を出港し、15時頃に帰港した。釣果はアオザメ3匹、ホオジロザメ3匹であった。サメは前述のように、害魚として扱われ駆除の対象である。しかし、地元ではサメは食文化の一つとしてある。報告者もホオジロザメの肉を分けていただいたが、加工の仕方によってはどのような調理法にも耐えうる身質であった。そこで、漁協や地元の料理店、親交のある宮古島市教育委員会教育長とサメ肉の流通の可能性について議論を交わした。

・石垣島・与那国島
 2010年以前は、カツオは流通コストの面から、与那国島においてはカジキマグロの餌としての価値しかなかった。ところが、2010年より石垣島に本社を置く企業、「石垣島かつおだし」が与那国島で水揚げされたカツオ漁を全量買い取るようになった。「石垣島かつおだし」はカツオやマグロを加工して、ダシを生産している。このことにより、カジキマグロの餌としての価値しかなかったカツオが、そのもので商品としての価値が付与された。
 そこで、本調査ではまず、石垣島の本社を訪ね、企業の取り組みについてインタビューを行った。その後、与那国島工場の見学、および与那国町漁協の組合長へのインタビューの許可を得た。石垣島かつおだしの幹部の方との話において、強く意識しているのが「ブランド化」についてである。いかにして、与那国島のカツオをブランド化していくかが今後の課題であるとの共通認識となった。
 与那国島では、かつおだしの与那国島工場を見学した。また、与那国町漁協において組合長に対して与那国島の漁業の概要について聞き取りを行った。
 与那国島では、基本的にほとんどの漁師がカジキマグロ漁に従事している。稀に深海一本釣を行っている程度である。カツオは、カジキマグロを行う過程で餌として釣獲する。しかし、石垣島かつおだしが与那国島に入ってきたことで、一部の漁師はカツオを中心とした漁業スタイルに変更している。カツオ漁において興味深い点として、漁法が挙げられる。沖縄においてカツオ漁というと、パヤオ(浮漁礁)において竿釣りによる一本釣りで行うのが一般的である。しかし、与那国島ではパヤオ域で漁を行うのは同じだが、竿釣りによる一本釣りを禁止している。これは、パヤオに居ついたカツオの群れが分散するのを回避するための方策だという。そこで、与那国島では曳縄によってカツオを釣獲している。多少、効率が悪くなっても長期的に資源を確保するための戦略といえる。
 深海一本釣で釣獲する魚種は、池間島の項目で述べた巻落しで釣獲されるものと基本的には同じである。組合長によれば、カジキ漁より安定的に収入が得られる漁法とのことだが、与那国島においてカジキ漁が中心的な漁業であるのは、大物のカジキマグロの水揚げによる一攫千金を狙うことのできるギャンブル的要素があるためだという。
 与那国島においてカジキマグロは前述のように島の中心的な漁業となっており、ほとんどの漁師が従事している。主な対象は、クロカジキ(Makaira mazara)とシロカジキ(Istiompax indica)の2種である。カジキマグロ漁は、日帰り操業で行われる。漁のスタイルは、漁師によって異なるものの午前中に出漁して、昼過ぎ、もしくは夕方に帰港するのが一般的である。釣獲したカジキマグロは船上で絞め、内臓等の処理を施した後、水氷で保管し水揚げするか、そのままの状態で水氷に保管し水揚げするか、漁師によって異なる。水揚げされたカジキマグロは、翌日セリにかけられる。カジキマグロの流通機構は島内に流通するものと、本土に出荷する2パターンに分かれる。本土向けのカジキマグロは、現在、本土の3市場に出荷されている。これらの市場を有する地域では、与那国島と同様、上記の2種のカジキを刺身として食す文化があり、水揚げから出荷までの時間が早い鮮度の良い与那国島産のカジキマグロが好まれている。なお、築地市場などでは、マカジキ(Kajikia audax)やメカジキ(Xiphias gladius)が好まれている。
 今回、同行した際に約50㎏のカジキマグロが水揚げされた。漁師の方によれば、価格は1万円にもならないという。その日は朝8時に出港し18時に帰港した。燃料費で5,000円程度かかり、さらには氷代もかかるため、一日の収入は5,000円にもならないという。このことにより、漁師は労力に対する収入を高めたいと願っていることを改めて意見として聞くことができた。

・本調査を通じて
 本調査では、カツオ漁を中心テーマに据えて3地域の漁業の調査を行った。今回の調査を通じて、どの地域においても、「もっと自地域の魚を売り出したい」という共通の考えを聞くことができた。現在、水産経済学の分野で盛んな議論になっているのが、「地域ブランド化」の動きである。特に、沖縄のような条件不利地域の漁業が盛んになるための一つの方策として、地域ブランド化は有効な手段といえる。その一つの手段として、報告者のこれまでの研究が貢献できることが今回の調査を通じてわかった。今後は、自身の研究を社会還元することを目的として、地域ブランド化のための取り組みに協力していきたい。

・今後について
 本事業に採択していただいたことに、大変感謝している。本事業によって予備調査を実施できたことは、今後の調査にとって大変有意義なものとなった。調査資金の獲得は、大学院生にとって大変重要な問題である。しかし、本事業によって調査資金を補助していただけたことは、今後の研究を展開させやすくなった。今後も、本事業を継続していただけることを願っている。

●本事業について

 事業があることによって、今回貴重な儀礼を撮影することや所蔵について確認がとれていながら、これまでずっと入手できることができなかった貴重な資料を入手する機会を得ることができ、非常に感謝しています。今後もこうした事業が存続していくことで、恵まれない研究者たちが救済され、貴重な研究がおこなわれていく機会が確保されていくことを祈ります。