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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

浅見 恵理(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的

博士論文作成のための分析調査

2.実施場所

ペルー共和国

3.実施期日

平成24年7月9日(月)から9月6日(木)

4.成果報告

●事業の概要

1.調査目的
 本調査の目的は、2009年に実施した発掘調査で出土した遺物の分析である。主に土器と染織品を中心に行なった。発掘調査した遺跡はチャンカイ川中流域左岸に位置するサウメ遺跡であり、チャンカイ文化(紀元後約1,000年~1,470年)に属すると考えられている。先行研究により、遺跡の規模や建造物の形態的特徴からその重要性が指摘されてきた。ところが、これまでに実施された考古学的調査では建造物と土器等の遺物の相関関係が明らかにされず、実体的な把握はなされていないのが現状である。そこで、発掘調査によって出土した遺物の分析を行ない、土器や染織品の形態的特徴の把握および時期的な変化を捉えることが目的である。

2.調査方法と結果
 まず、土器の分析に関しては、類似する形態や文様をもつ破片を探して接合して土器の形を復元する作業を行なった。これにより、口縁部や胴部の形態的特徴を把握することが可能となり、土器型式の設定を行なうための基礎的データを得ることができた。この作業と並行して製作技術の把握に努め、土器片の肉眼観察を行なった。観察内容は、胎土の色調、混和材の材質と大きさ、土器片の内外面の調整技術、被熱の状況等である。さらに、各器形の出土場所と出土量の把握を行なった。
 分析の結果、無文の粗製土器の器種構成を把握することができた。壺形土器、皿形土器、口縁部が肥厚する大型甕形土器、椀形土器が主流である。文様のある土器では、チャンカイ特有の白地黒彩様式とラウリ・インプレッソ様式が顕著であった。どの様式も被熱して焦げた破片が多数確認された。無文土器は内面に炭化物が残存している土器片もあり、実際に調理用に使用されたと推測できる。白地黒彩様式の被熱は、土器が廃棄され破損した後に二次的な焼成を受けたものと推測される。この他に、少数のチムー様式や三色土器などが確認できた。技術的観点では、胎土分析の結果から器形の違いや文様の有無によって、混和材が異なることが明らかとなった。

 染織品に関しては、清掃作業の後に肉眼観察を行なった。技術的な側面では、経糸と緯糸の本数、1本の糸の太さと撚りの方向、材質、文様、織り技法等の把握である。その結果、平織りが主流であることが明らかとなった。これはもっとも普遍的にみられる技法でもあり、仕上げが粗雑なものも散見されることから一般人の普段着であったと推測される。素材としては綿とともに獣毛(ラクダ科動物)も利用された。使用の際にはより強度の必要な径糸に綿を、文様を織り出す緯糸に獣毛が用いられることが多い。獣毛のみ使用される例もあるが稀である。大多数の資料は無文もしくは退色によって文様の有無が識別不可能であるが、なかには白・茶・青色を用いた縞文様や格子文様がみられる。また、濃紺に染められた紗織りの布片、縫取り織りでネコ科動物が表現された完形の裂、縁飾り等が確認できた。
 分析の結果、技術的観点からみると、従来の研究では北海岸の特徴と考えられてきた織技法が混在していることが判明した。また、不規則に何枚かの布片が縫い合わされていたり、破損した箇所の糸がほつれないように縛られたりしている布片が散見されたことから、古布を再利用していたことが推測される。
 部屋状構造物から染織品製作用具である糸紡ぎ用の心棒や紡錘車、針が出土したうえ、糸紡ぎ用に綿を準備する段階で出る綿くずが大量に出土した。それゆえ、本遺跡で染織品を製作していたことが明らかとなった。これまで、チャンカイにおいて染織品製作用具は埋葬の副葬品として出土した例は知られていたが、今回のように部屋状構造物から出土した例は稀である。

3.まとめ
 従来、チャンカイの工芸品生産は組織的に行なう大規模な生産システムが構築されていたと考えられてきた。今回の分析では生産体制にまで触れることはできないが、基壇状構造物に付随する空間での織物製作の実体を明らかにすることができた。基壇状構造物での活動に関わる製作の場か、もしくはそこに居住していた職能者の生活空間であった可能性が高い。
 また周辺地域との関係性については、チムー様式の系譜をもつ染織品や土器の存在から、チムーとの交流があったことが伺える。またチャンカイの後の時期になるインカ様式の土器片も確認でき、インカの影響が及んでいたことが判明した。

●本事業の実施によって得られた成果

 本計画の実施により、チャンカイ文化の考古学的データの獲得、および編年構築が可能となった。特に土器や染織品の分析によってチャンカイ特有の形態や製作技法を抽出し、他文化様式との比較を行うことが可能となった。
 申請者はこれまで、出土した炭化材の放射性炭素年代測定を実施し、発掘区の年代を確定した。また自然遺物の分析により、遺跡で消費されていた食糧を把握することができた。これらの調査結果に本調査で得られる分析結果を加えることで、遺跡の時期的変遷や当時の活動状況が明らかになると考えられる。その上で、チャンカイとその周辺に存在したチムーやイチマといった他政体との関連性を考察するための有意義な材料になり、古代アンデス文明の解明に貢献することができる。

●本事業について

 本事業によってフィールドワークの実施が可能となり、研究活動を推進するための原動力となった。調査資金の獲得が容易ではない現状において、学生への支援態勢が整えられていることは本学の大きな魅力でもあると思う。今後もこのような事業の継続を希望いたします。