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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

林 麗英(地域文化学専攻)

1.事業実施の目的

台湾原住民族が行っているアワ栽培の作季の多様性の背景を明らかにする。

2.実施場所

台湾東部の台東県太麻里郷

3.実施期日

平成24年5月29日(火)から6月21日(水)

4.成果報告

●事業の概要

【目的】
 本報告はX村パイワン族の畑作農業の変化や新しい技術の導入のなかで、アワの栽培復興プロジェクトの作付けと収穫状況を把握し、農従事者(以下、自作農)に選ばれたアワ品種の特性と収量を確認する。この結果に基づき現在多様な作季のあり方を明らかにする。その上で、焼畑を行っていた時期と比較しながら現代の村社会におけるアワの栽培の意義を考察する。

【研究背景】
 2006年は原住民族に関する村落の産業開発(原住民部落永続発展計画4年期・部落産業計画3年期(2006-2009年))の実施にあたって、ローカルNGO・NPO法人によって立ち上げられたアワの栽培復興プロジェクト(2007-2009年3年期)はX村をその活動拠点とした。同時にX村には、アワに関する商品の加工・販売・流通センター(以下、Lセンター)が設立された。商品市場に流通するためのアワやタイワンアカザ、キマメの生産や整備、施設の運営は、ほとんど政府からの公共資金で行われた。しかし、実際のX村におけるアワ栽培の産業化への転換期は、2006年からでなく、2009年の「88水害」後に2010年4月頃ローカルNGO法人Y基金会によって災害復興プロジェクトが立ち上げられ、アワの生産グループ(以下、小米班)が設立されたことが大きい。具体的には、2010年春頃、台東区農業改良場の研究者らの専門的指導のもと、小米班が有機農業の生産技術とその基準に取り組んだ。その影響で、これまで自家消費のためのアワの生産とアワの産業化生産という異なる体制で異なる技術をもちいる生産のあり方が並行して行われるようになった。また、村近くの休閑地や空き地を整地し、アワ栽培を始めた兼業農家も見られた。

【調査対象と地域】
 本研究では、台湾東部の台東県太麻里渓域にある太麻里郷X村(パイワン族、アミ族、漢族の混住集落)におけるパイワン族の人たちを対象とする。パイワン族の人たちは1940年前後現住地から約1キロ離れるJX(旧X村)村から政策的に移住させられ、アミ族と閩南語を話す少数の漢族と混住するようになった。最初にX村に移住してきたパイワン族の成員は、首長家(mazazangilan)と親族、親近者にある六家族である。元来の六家族の居住分布は、首長家の周囲を囲んでいるような形になっており、現在、15戸数まで増えた。同村では漢人やアミ族のみならず早期から移住してきたパイワン族の農家も稲作をしていた。しかし、1980年頃、台東南迴線の鉄道建設を行うため、X村周辺の水田は台湾の国鉄局(台湾鉄路管理局)に買収された。そのため、水田はほとんど見られなくなった。の後、1989年に新たに設置されたX村の駅は開設後まもなく乗客数が減少した理由で1997年に廃棄された。

【生業概況】
 太麻里渓域の農家では、熱帯・亜熱帯植物に属するシャカトウ(Annona Squamosa L.)バンレイシ科、ライチ(Litchi chinensis)ムクロジ科の一種「玉荷包」の果実、ラクシン花(Hibiscus sabdariffa L.)アオイ科やキンシン花(Hemerocallis fulva (L.) L.)ユリ科の花弁、ショウガ(Zingiberaceae)、キンマ(Piper betle)ショウガ科の葉や果実が、といった現地の農会(日本の農協に相当する)に薦められている商品作物(キンマの葉生産は奨励作物ではないが、災害補助の対象となっている)を主とした農業生産と、自家消費や村の雑貨店に預けて販売する程度の農業が行われている。調査地X村のパイワン族の農家はシャカトウや柑橘類のタンカン(Citrus tankan Hayata)、アボカド(Persea americana)クスノキ科、グァバ(Psidium guajava L)フトモモ科(シャカトウ以外、これらは農家の自家産の商品作物)といった亜熱帯果物の生産と季節を問わずのキンマの葉採り、季節性のショウガ栽培、シャカトウの枝切りの賃金労働によって生計を立てている(図1)。自家消費のための農産物については、10名足らずの農事者(主に中高年層女性、50~70代)が山間部や村周辺にアワやキマメCajanus cajan (L.)マメ科、サトイモ(Colocasia esculenta)サトイモ科を常畑で栽培している。これらはいずれも焼畑農耕から引き継がれてきた栽培植物である。一方、商品作物の農業生産を主体とするパイワン族の農家のなかにも、伝統的焼畑農耕を経験した人びとがいる。彼らの経験に基づき、X村における商品向けのアワの栽培復興プロジェクトが開始した。

・赤色:パイワン族や漢族も生産
・オレンジ色:パイワン族のみ生産
・青色:漢族のみ生産
・灰色:隣の村

【調査期間・調査方法】
 2012年5月29日から6月21日まで、24日間の現地調査を行った。29日に関西国際空港から出発、約2時間半のフライト時間をかかって台湾の桃園国際空港に到着した。復路は航路によって3時間20分をかかる。空港に到着後、調査地の台東県太麻里郷X村に移動し、住み込みのかたちで研究活動を開始した。
 現地調査においては、まず、春に播種したアワの生育状況を確認することである。そのうえで、現在収穫中のアワの収量状況と各栽培品種の出来具合をたずねた。そして、アワの有機栽培技術の導入によって村にどのような影響を与えているかについて聞き取りと参与観察を行った。生育期間の状況と収量に関しては、Y基金会の有機小米班およびL加工販売センター、台東区農業改良場より基礎資料を得た。また、自作農の栽培状況については聞き取りをおこなった。村への影響については収穫作業に参与しながら聞き取り・観察を行った。

【研究概要】
 2010年以来、X村では、自作農のアワ栽培と有機農業のグループでおこなうアワ栽培とが平行して行われている。アワは、この二年間で徐々に商品としての需要以上に、有機農産物としての需要が高まってきている。その結果、市場において有機栽培のアワ原材料の価格が高くなり、非有機栽培のアワ(自作農の場合)の取引がやや安くなっている。有機アワの生産、販売量ともX村のアワ栽培の収量の半分以上を占める。これに加え、自作農から買い取った非有機アワは一般の加工食品(もち類食品、アワ酒など)に使用されている。ちなみに、アワ原材料の価格差は、有機アワ2元/1g(脱粒・脱穀・包装済み)、有機栽培に転換中のアワ65元/1kg(未脱粒・脱穀)である。(2012年11月現在、台湾レート1TWD= 2.7381JPY)そのため、有機アワの生産・販売がLセンターの主要収入の一つとなり、生産の収量や価額の維持が重要である。Y基金会のもとに行われている農業の生産活動はアワを中心に春播種夏収穫と冬播種春収穫(図2)を組み合わせながら、4種在地品種(モチ性3種とウルチ性1種)と改良品種台東8号(モチ性)また、タイワンアカザ(アカザ科)を作付けしている(タイワンアカザの作季は基本的にアワと同期に行われるが、収量の問題で冬に播種したほうがいいという)。有機栽培予定地は村から約0.5キロ離れて標高約350m~400mの緩やかな傾斜地に位置している。耕地面積に作物の割合は、アワ栽培地2ha、タイワンアカザ1haを占める。有機アワ畑は村の女性T氏、L氏(60代)が主要の農事者である(収穫期と除草期間は日雇いで3名以上のときもある)。収穫したアワに関する脱粒・穀と包装はLセンターに付属する加工・貯蔵室に機械で加工作業を行う。
 その生産体系の基本的パターンについては、下記の通りに述べる。

①栽培方法:最初はアワの苗床を作り、その後農事者による種苗を本畑(有機栽培予定地)に移植し、異なる畑に撒播と条播方式で栽培を行う。

②鳥を追いはらう:収穫前の一か月間、スズメが群れになってほぼ毎日早朝と夕方に成熟したアワの実を食べにくる。その対策は、畑の真ん中に納涼所を作り、ここにキラキラする数本のビニル製のひもを固定し、各ひもを畑のまわり(スズメがよく食べに行くところ)にのばして縦棒か樹の枝に縛る。棒と枝にアルミ製の缶や音ができるものをかける。そのひもを手で動かすると、アルミ製のものからかんかんの音が出る。響いた音でスズメを追いはらう効果があると伝われてきている。また、外部の建議を受け、畑のまわりに風車を立てられている。しかし、音が出なくなるとスズメがすぐ食べにくるパターンは多い。ですので、スズメは多くの農事者に飼いならされているではないかと感じた。農事者によると、アワの栽培期間中に鳥の追いはらい作業が一番面倒であり、長年なかなか解決できない問題点である。

③収穫:素手あるいは、小刀で穂と茎20数センチのところまで刈る。ある程度の穂をまとめられたら(手で握れるぐらいの太さで)ビニル製の白いひもで縛る(T氏が担当)。アワの実り状況をみながら斜面上部から下方へ刈る。束にしたアワは農用車でT氏の家まで運ばれ、屋敷前の広場に天日で乾燥させる。ただ、T氏の屋敷がアワを貯蔵する倉がないため、廊下や作業室の床にビニルシートを敷き、束にしたアワをその上に置いとく。

④整地:アワの穂刈りしたあと、茎をそのまま放置して畑の肥料にしていた。草取り作業は畑の下方から上方に向かって行われ、根から抜き取れる雑草は引き抜き、根の上部な蔓類は鎌で切り取る。刈り取った雑草は数カ所にまとめて乾燥させ、数日後火で燃やす。播種の一か月前から耕地に指定の有機肥料で施肥する。

⑤耕地の利用:収穫したアワ畑を一期休耕させ、次は異なる畑で播種を行うというローテーションを取り組んでいる。

⑥生育期間:それぞれの品種は約110日から120日間で収穫できる。
農繁期にあたる収穫期は、同村のプロテスタント系教会の信徒たちに手伝いのよびかけで人手が集まってくる。また、生育期間中から雑草がよく繁茂し、有機栽培の基準により、除草剤など一切使えないため、雑草採りは二組に分けられ6人体制(日雇い)で素手と鎌で行われた。
 自作農のほとんどは兼業しており、シャカトウの授粉と枝切り作業、キンマの葉採りの日雇い賃金労働者などでもあるため、農業への従事が可能な時期と耕作面積が限られてしまう。畑にある栽培品種3種は農家が栽培してきた在地品種と同じである。その理由として春先に播種するのに適した品種であり、収量が高くと粘りもありもち類食品に適すと言われている。自作農が用いられる在地品種は有機小米班と同様であるが、有機小米班の台東8号はもっとも広く栽培され、在地品種は二枚程度の畑に栽培されている。
年間2期に収穫できるアワの栽培サイクルは下記の図2に示す。

調査中の出来こと
 三週間近くの調査期間中に、一週間目台風3号MAWAR、三週間目台風5号TALIMが発生したため、X村における農産物の収穫作業と収量におおきな影響を与えた。交通部中央気象局の統計データによると、中旬は旺盛な西南気流と梅雨にともなった集中的降水量が、台東・大武地区6月の平均降水量550.3mm(中旬は767.6mmに達した)、今年の最高記録である。このため、水害に遭った農家は政府からの農産物の損害補助金がもらえる。一方、X村のアワやタイワンアカザなどは現地の農会に認定されていない商品作物であるため、補助対象外となっている。補助対象は米やシャカトウ、マメ類などの商品作物である。実際に、有機アワの栽培プロジェクトは行政院農業委員会の台東区農業改良場(以下、農改場)の組織化指導のもとに行われている事業である。ただ、自作農への補助の場合は政府に認められている耕地であるかどうかにかかわるようである。いずれにしても、今後の災害補助にはアワやほかの農産物を補助対象になるための食料確保の対策を検討しなければならないと筆者が提議したい。

自然災害への対策とその問題点
 今年、小米班のアワははじめて有機農産物の認証を受け、「原郷米舖」(新生産者名)の名義でギフト用として販売し始めた。しかし、収穫中のアワは集中する降水量によって収穫作業が遅れたし、収量を減少した。収穫が遅れた最大の理由として、人手不足と収穫物を乾燥させる空間が足りなかったことである。また、収量が減少した理由として、6月中の日差しが短かったため、収穫したアワは発芽や穂にカビができてしまったことである。農改場の指導研究員によると、台風来る前の一週間前にX村で収穫したアワ(台東8号)もカビができてしまったという。実際、アワの商品化プロジェクトを立ち上げた頃に、木材や竹、木片など複数の素材で立てられた倉のような建造物がアワ畑の上方に建てられた。しかし、今は物置場になって実際の貯臓機能が働いていないようである。こうした6月に集中的降水量や台風の自然災害の発生にともない、既存の生産施設では対応できないものとして、収穫物の貯蔵施設があげられる。これに対し、自作農が収穫したアワを家の前にある納屋の軒下に竹竿を通してかける。こういった環境の条件が、今後の産業化に向けてどのような改善対策が組み込まれていくかについて注目するべきである。

村の変化
 現在、自作農のアワの生産目的は、親族や訪問客との団らん食のためであったり、中高齢者にとって長年親しんだ食べ物としての存在であったりする。また、農事者の多くは中高齢者の女性であるため、栽培面積や労働時間は限られている。ですので、自作農が行われているアワの栽培時期は春播種夏収穫に限る。ある70代のL氏の畑は、G氏の屋敷の後ろにあり、アワを栽培している。また、60代後半女性(G氏)の妹(50代)によると、「姉はもともと山間部でアワを栽培したが、年を取ったから今年春から自家の後ろにある空き家の横の畑地を借りて無償でアワを栽培した。G氏妹は、シャカトウを生産しながら山間部の常畑にアワを栽培している。50代後半の夫婦(L・T氏)はグァバを生産しながら、今年春から自家の横にある空き地にアワの栽培しはじめたようである。また、50代後半の女性(L氏)はキンマの葉採りしながら村の屋敷の近くにある空き地にアワとタイワンアカザを栽培しはじめた。5名の女性農事者は屋敷に隣接する常畑でアワの栽培を行う方法からみると、それぞれの農事者の現状に合わせて環境特性を利用した点があると考えられる。また、農事者の畑以外の空き地は農事者の所有土地ではなく当時鉄道会社が鉄道建設のため買収した土地であり、今は廃棄されたという。

考察
 X村におけるアワの栽培活動は、アワの商品化、産業化の影響を受け、約一年間2季に収穫できる生産体系が作られた。その要因の一つは、村には冬と春播種に適応した品種が選ばれたのである。つまり、現在、農家が作られた多様な作季が気候への適応のみならず、アワ商品化や産業化への開発にも影響を受けたと考えられる。

●本事業の実施によって得られた成果

 本事業で実施したフィールド調査を通して、次のような新たな知見や検証すべき課題を得た。

・新たな有機栽培の技術や改良品種の導入されることによって、現在はまだ有機栽培されていない在地品種が有機栽培に転換されていく可能性とその影響。

・今回、X村で調査をおこなったのはアワの有機栽培化であるが、実際は、タイワンアカザ(アカザ科)も有機栽培化の対象となっている。このように、有機栽培が活発になりつつある現在、有機栽培予定地をより確保するため、農薬に依存する商品作物と有機栽培地との隔離対策が取り始められている。それらの有機農産物栽培予定地はビニール製の黒い網で囲まれている。このように村で展開された伝統作物の有機栽培と現地の商品作物生産との間には、どのような関係が生じてくるかは、今後注目するべき点である。

・X村におけるアワの生産体系は伝統的な様式を強く反映していない一方、在地品種を意図的保存され、伝統的撒播式と新しい条播式はアワの有機栽培に併用されていることがわかった。

・このようなアワを取りまく生産体系の再形成に伴う加工・消費のパターンの変化は同地域の諸村には見られないが、アワはほかの原住民族の村落の振興(農産物の流通拡大)や文化の復興(伝統祭祀の重現)の対象となっている共通点を指摘できる。
 今回の調査結果は、2013年1月27日に関西大学に開催される日本台湾学会第10回関西部会研究大会で口頭発表する予定である。

●本事業について

 RT事業は本学学生にとって重要な研究事業であると考えられる。申請者の専攻している人類学は、フィールドワークによって課題を抽出し、必要なデータの収集、分析を行いながら博士論文の課題に取り組んでいく。これらの過程は連続性があり、データの分析から必要な課題が二次的に生じることも少なくない。したがって、事業の申請が複数回あり、異なる課題での申請が認められている点において、研究を発展的に進めていく環境が整っていると考えられる。また、調査終了後、本校の文化科学研究科が毎年開催している学術交流フォーラムで調査発表できるという一貫性がある。長い年月RT事業にお世話になり、こころより感謝申し上げる。