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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

古沢 ゆりあ(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的

現代フィリピンにおける美術の動向をマニラとバギオの美術館・ギャラリーで調査する

2.実施場所

フィリピン(マニラ、バギオ)

3.実施期日

平成25年2月20日(水)から3月1日(金)

4.成果報告

●事業の概要

 「フィリピンにおける現代美術の制作・展覧・受容とそれに関わる人と場の調査」
 今回の調査では、現代フィリピンにおいて美術作品がどのような人々(アーティストなど)によって制作され、どのような場(美術館、ギャラリーなど)を通して、どのように人々(鑑賞者、コレクターなど)に展覧、受容されるのかを、マニラ首都圏とルソン島北部の都市バギオを対象に調査した。それらの都市を対象とする理由は、マニラ首都圏は、フィリピンの首都であり、50あまりの美術館・ギャラリーを有し美術活動が活発に行われているからであり、バギオは、大都会マニラとは異なる特徴をもつ地方山岳都市であり、拠点として活動する芸術家が多いからである。
 調査方法は、美術館・ギャラリーを訪問して、そこに展示されている作品を見るとともに、美術関係者に作品の背景や、受容の実態について聞き取りした。  この調査は、現代美術の生産・受容のシステムとそこに関わる人や場のあり方と、フィリピンにおける美術の現状を把握するのに役立つ。このことは、申請者がフィリピンの美術をテーマに博士論文を書く上で、美術作品について、個々の作品を造形的・歴史的に分析するのみでなく、それらをとりまく人々や場という、より広い文脈やシステムのなかでとらえるということを可能にすることにつながる。
 まず、マニラ首都圏とその近郊では、国立の博物館・美術館、民間財団や個人による美術館、大学内の美術館、宗教組織による博物館、小規模な現代美術ギャラリーなど、それぞれ形態や規模の異なるいろいろな展示の場がある。それぞれで対象とする展示物の分野や、ターゲットとする客層が異なる。国立美術館では、フィリピンの美術作品と美術史にまつわる展示物が体系的に教育的・啓蒙的観点から、国内外からの来館者に展覧されている。私立美術館や大学美術館では、設立者や収集家の視点が反映された近現代美術を中心とするコレクションが所蔵されているほか、著名美術家や若手美術家の個展・グループ展や、現代社会の諸問題への発言をテーマとする企画展もさかんに開催されている。教会付属の博物館では、植民地時代の宗教美術や歴史資料のコレクションが充実している。近年、マニラに多く誕生している現代美術ギャラリーは、最近増えているとされる国内の美術コレクターだけでなく、東南アジアの現代美術が国際的に注目を集める中でシンガポールなどの海外からも愛好家やコレクターらが訪れるという。
 マニラで活動する美術家とその作品もさまざまである。わたしが訪れた期間は、ちょうどフィリピン・モダニズムと歴史画の大家であるカルロス・フランシスコ(1912~1969)の生誕百年の回顧展がアヤラ美術館で行われていたほか、ロペス美術館では、現代のグローバル化や移民、教育などの問題をテーマとする現代美術の企画展が開かれていた。また、フィリピン大学のヴァルガス美術館での、社会派リアリズムの重要作家エマニュエル・ガリバイと、精緻な手仕事で魅せる新進気鋭の現代美術家ジェラルディン・ハビエルの個展も、確かな技術力と作者独自の視点がよく現れた作品群であった。
 一方、マニラから約250km(バスで6時間程)北上したところにあるバギオは、山岳地方の涼しい気候を利用した避暑地でもある。ここでは、大都会マニラと比べると、街自体も、美術館・ギャラリーの数もずっと小規模であるが、マニラ中心的な美術界に対して、地方に立脚した美術活動を展開するアーティストたちがいることが知られる。なかでも見応えのある美術館といえるのは、街の中心部から少し離れたところにあるベンカブ美術館であろう。よく整備された庭園を望む展示棟では、ベンカブ(ベネディクト・カブレラ)や他の現代作家の作品のほか、山岳少数民族の伝統的木彫(お米の神様「ブロル」など)が展示されている。そのほか、街の中心とその周辺には、レストランやカフェに併設されたギャラリーがあり、人々が飲食を楽しみながら作品鑑賞をすることができる。
 今回の調査では、8日(移動日除く)の滞在期間で2都市の計25軒という多くの美術館・ギャラリーをまわったため、ひとつひとつであまりじっくり鑑賞したり話を聞いたりということができず、とくにバギオは今回が初めてで短い滞在だったこともあり、全体的に表面的な概要しか把握できなかった面もあったが、今回得られた情報をもとに、それぞれの美術館・ギャラリーや美術作家のこれからの展開を今後も追い続けていきたい。

●本事業の実施によって得られた成果

 本事業の実施によって得られた成果は、多くの美術館・ギャラリーを訪れることにより、上述のような現代アートシーンの傾向や特色がわかったことである。
 博士論文研究にとっての意味は、美術作品をより多角的に考察するために必要な視点とデータを得られたことである。得られたデータは、博士論文だけでなく、それに関連する学内外での研究発表に盛り込むことができる。そのほか、申請者が今後、フィリピンの美術に関して一般向けに執筆・講演などを行う上でも、そこで紹介する事例や写真に、今回の調査成果を用いることができる。

●本事業について

 文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業は、学生にとって、博士論文執筆のために国内や海外での調査を行う上で、必要な交通費や宿泊費が支給されるという面で、とてもありがたく役立つものであると思う。