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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

王 莞晗(国際日本研究専攻)
開幕式参加者集合写真分会場

1.事業実施の目的

(中国)日本文学研究会第十三回年会及び国際学術研究会への参加

2.実施場所

中国甘粛省蘭州市

3.実施期日

平成24年8月17日(金)から8月21日(火)

4.成果報告

●事業の概要

 中国における日本文学研究会は、現在およそ250名近くの日本文学・文化及び歴史学を専門する研究者が参加している研究団体で、二年に一度、総会及び学術研究会を開いている。今年で13回目となる国際学術研究会は、甘粛省蘭州市にある蘭州大学・外国語学院の協力のもと、蘭州市内で開催された。中国地図図版上の蘭州は、ほぼ中国全域の中心に位置する都市だが、古くから中原地域から西域への入り口として認識されていた。今回の学会も、この蘭州の地理的特徴が意識されているように、「日本文学と中国:歴史の合流と想像の空間」というテーマで設定されており、副題は「西域・遥かなる反響―井上靖と中国」であった。学会の基調講演には井上靖の長男・井上修一氏の「王子と孤児」、井上靖研究会会長・傳馬義澄氏の「歴史と文学のはざま――井上文学における歴史小説のディスクール」及び国際日本文化研究センター・鈴木貞美氏の「日本近現代文芸と中国西域への想像力――井上靖の位置」等、井上作品の内、特に中国西部を舞台にしたものに関する内容が主であった。分会場による研究発表は開幕式当日の午後から始まり、二日目の昼まで開催され、二日目の午後は大会場で全体に向けた発表が四本行われ、総括、閉幕式と続いた。
 分会場は井上靖研究専門会場含め、計7会場あり、およそ100名の発表者中、日本からの参加者は約20名、大学院生の発表者は私を含め6名、そのうち5名が日本の大学に在学している留学生であった。各会場では、基本的に座長2名のもとで7名の発表があり、20分の発表時間後に10分の質疑応答が置かれた。私が参加した一日目の第7分会場は、主に日本人の中国旅行記を扱った研究発表を予定していたが、直前の調整により、文学理論に関する発表と満洲文学に関する発表も同会場に移転され、多様な内容に富むグループとなった。その為、来場した聴講者の専門も様々であり、刺激的、啓発的な意見交流の場た体験することができた。ただフロアの流動性が強いため、同じグループの中の、関連性のある発表をすべて聴講した方は少なかったように思った。その結果、各研究の関連性を指摘する意見や、グループを統括したようなコメントは見られず、普段日文研で参加していた共同研究を前提とする研究会とは多いに異なり、ある意味新鮮であった。また、10分という会場での質疑応答時間は短かったため、意見を完全に説明する余裕がなく、不完全燃焼に終わったような印象も持ち帰った。

●学会発表について

発表テーマ:
日露戦前日本青年学生の大陸修学旅行

発表概要:
 本発表は、博士論文の前半部分、日清戦争後から日露戦争前までに行われていた修学旅行の記録に焦点を当てたもので、主に実施した資料調査及びその収穫の紹介と分析の要点を挙げ、全体的に今の研究内容を提示することを目的とした。使用資料は前年度において収集した、長崎と熊本両県にある商業学校の校史や、学友会雑誌に記載された旅行の記録である。
 発表は以下のような四つの部分に分けてられる。

①自己紹介と博士論文の枠組み提示。

②明治・大正期に行われた海外修学旅行の一覧を提示し、紹介する。

③前年度に行った調査の方法、および収集した資料の提示。

④それらの資料に基づいた分析及び今後の課題。

 学会事前に発表のグループ分け情報を頂き、同じグループに文化研究的な方法で旅行記録を読む発表がなく、この時代の修学旅行に関する知識を簡単に紹介する必要を感じたため、①~③と④を1:1の時間割合で報告した。④に関しては、今回研究対象となる旅行の主な行き先は上海及び周辺地域であることから、全体的には日露戦前九州地方の実業教育と上海の関係性を求める内容となった。例えば、この地域の実業教育の性格と特徴(教職員の由来、学生の出身、語学教育の実態、政府の支援)、修学旅行実施までの状況(計画過程の追及、支援者等)、行き先の上海で訪問した場所や人物から読み解く旅行の目的及び人脈ネットワークの分析、旅行に参加した学生の就職状況に基づいた旅行効果に関する分析を行った。

質疑応答:
 今回の発表では一人の発表者に10分の質疑応答時間しかなかったため、結果的に聴講者の意見を聞くのみで、それに回答或いは弁解する時間が不十分のように感じたが、主に以下三つの方面からの意見を頂いた。

①データの確認:主にどの年代にどのような特徴を持った修学旅行が行われているのかについてであったが、回答は発表にある内容をまとめて再述した。

②資料の収集方法に関する疑問:発表後、聴講者に分析資料の収集行為に危険性を感じると述べられた。主に収集した資料が無断で他者に使用されるのではないかという心配だった。発表者にとっても何故このような質問が出るのかは不明だが、恐らく他校(特に中国国内の大学)では総研大RT事業のような、学生の資料調査や学会参加に与える支援が珍しいので、調査費用の取得で収集した資料が無断で利用される恐れに対する気付かせだろう。

③政治性の有無と研究意義について:今回の発表であまり旅行の政治性を提起しなかったため、この時代を研究するにあたって政治性を薄めてしまうと研究の意義自体が薄められるのではないかという意見を頂いた。この質問についても時間の制限で具体例を用いて説明することに至らなかったが、発表の趣旨をより聴講者に伝える工夫を今後考え直すべきだと感じた。

●本事業の実施によって得られた成果

 本事業の実施により初めて国際的な学会で発表を行うことが出来、また限られた時間ではあったが、普段とは思考角度の異なる質問を頂いたことによって、様々な課題が発生したことは、今後学際的な効果が求められる博士論文の作成において、非常に有意義であった。
 例えば、今回参加したのは中国における日本文学研究者を中心とした学会であり、その中で「修学旅行」という文化交流史的な話題を提起することは、やはり多くの聴講者に違和感を与え、研究意義の有無に関する質問まで議論された。今回は発表時間が短いため、「中国に行く修学旅行」という文化現象の歴史やその盛んであった時代背景、年表など主な資料の羅列と、資料中キーワードの解説で発表を構成したが、文や段落によるテキスト分析が少なかったためにこのような質問が出されたのかもしれない。文化学の研究としてもテキストを充分に用いた分析を適度に入れることを今後心掛けなければならない。また、研究対象における政治性の問題も注意すべき点である。今回の研究対象の時代は日清戦争後であるが、戦争の影響が必ずしも侵略性と関連付けない、という観点が強く反論された。侵略性を完全に否定するのではなく、文化現象の発生という角度から「中国行の修学旅行」を解説することを目指すには、使用する言葉や用例について、今後工夫をすべきである。最後に、今回の発表で最も反省すべきことは、使用言語であった。当初は日本研究を対象とする学会であり、日本人聴講者も来場することを考え、日本語で発表準備をしたが、結果的に参加者はすべて中国人であり、同じグループの発表もすべて中国語で行われていた。中国で開催される学会であったことと、中国語が母国語であるため、バイリンガルな発表原稿を準備する余裕を持って参加するべきであったことを学習した。
 最後に、学会最終日にエクスカーションに参加させていただいたが、蘭州市内にて黄河バンドを歩き、甘粛省歴史博物館を見学した。エクスカーションを通して、中原文化と西域文化の境目である蘭州独特な風土を身を以て感じ取ることが出来た。

●本事業について

 今回は初めてRT事業に参加し、国際学会での成果発表を目的に活用させていただいた。このような機会を得たことによって、自分自身の研究を新しい対象に発信出来たことのみならず、異なる研究環境で活躍する専門分野の近い研究者の視点をも捉えることが出来た。この場で吸収したものは、国際的、学際的価値を問われる博論を完成させるために大いに役立たせることが出来るので、今後も引き続き利用する機会があるよう願う。