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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

佐藤 優(日本歴史研究専攻)

1.事業実施の目的

 岩手県一関市(旧東磐井郡)一帯には、現在も義経伝説が多く伝承されており、これと関連しながら弁慶や皆鶴姫といった義経と関連する人物の伝説も伝えられている。そこで、今回の調査は、義経伝説に的を絞り、当該地域の生活文化と伝説との関連性について民俗学的に明らかにすることを目的とした。

2.実施場所

岩手県一関市(旧東磐井郡)一帯

3.実施期日

平成24年8月20日(月)から8月27日(月)

4.成果報告

●事業の概要

 今回の調査では、岩手県一関市に伝わる源義経伝説を中心に、伝説と関わる史資料の収集とその伝承実態を明らかにするために聴き取り調査もおこなった。
 まず、社の創建に関わる義経の祈願文が存在するとされる(『千厩町史』第3巻(523頁))一関市千厩町磐清水(せんまやちょういわしみず)に鎮座する新浪(あらなみ)神社(旧村社)において調査をおこなった。具体的には、近世期新浪権現を管理していたお宅(羽黒派修験覚乗院(かくじょういん))の現当主から伝説の伝承実態について聴き取り調査をおこなった。磐清水では、嘉永5年(1852)に大火があり、覚乗院の史資料はその時焼失してしまったそうである。しかしながら、磐清水で明治初年まで肝入を務めたお宅で義経の祈願文の写しと思われる史資料を見つけることができ、あわせて聴き取り調査をおこなった。その史料とは明治3年(1870)書写の『磐井郡東山濁沼村(にごりぬまむら)風土記書上』であり、原本を披見することができた。この『風土記』には義経の花押が入る新浪神社開山由緒の記述がなされていた。伝説が風土記に記述されるべき歴史として当地で認められていたことが確認できた。
 小梨(こなし)地区でも白幡(しらはた)神社(旧村社)を近世期管理していたお宅(羽黒派修験和光院)において伝説の伝承実態について当主の方から聴き取り調査を行った。社に残されていた『岩手県小梨村鎮座村社白幡神社御由緒記』では、白幡神社には義経の愛妾浄瑠璃御前の秘仏が残されているとあるが、当主の方(昭和8年(1933)生)は、見たことがないということであった。しかし、近代になっても義経伝説が神社の由緒として機能していたことは認められた。
 さらに、千厩町奥玉(おくたま)地区にも義経伝説を持つ白藤(しらふじ)があることを調査の過程でご教示を受け、調査をおこなった。奥玉地区では幕末から1940年代後半まで地域の人々による村芝居が上演され、義経と関わる演目(『義経千本桜』など)の台本が残されていることが確認できた。台本は、版本であるものもあったが、写本として当地で作成されたものも現存していた。奥玉地区において義経の登場する芝居が、村人の手で公演されたことは伝説の伝承に大きな意味を持っていたと推される。その理由は、芝居の上演が白藤に伝わる義経伝説を再認識させる契機として機能していた可能性が認められるからである。この点については、今後さらに調査を継続して検討したい。さらに、この白藤が近代になり天然記念物の指定を受けたとご教示を得た。そして、大正11年(1922)作成の『史蹟名勝天然記念物台帳』(天第2号)を閲覧することができた。そこには、義経が平泉から気仙に行く際、乗っていた白馬が斃れてしまい、馬の遺骸を埋めそこに藤の木の鞭を立てた。すると、藤は根を張り白い花を咲かせたという内容が記されている。伝説の結びついた木が天然記念物として大正期認定されていった状況は、伝説が近代において信仰とは別の意義を認められたということである。近代における伝説の受容を考える上で重要な意味があると考えられる資料を今回の調査で得ることができた。

●本事業の実施によって得られた成果

 今回の調査によって「義経」という固有名詞を持つ伝説が、信仰だけでなく近代において天然記念物を選定する際の担保としても機能し、さらに村芝居を演じる中で再認識された可能性を見出せた。伝説が信仰面だけでなく多面的な展開を遂げながらくらしの中で歴史として受容されたともいえるだろう。民俗学における伝説研究は、信仰面だけに偏って論じられてきた傾向があった。もちろん、今回の調査でも信仰における伝説の機能は認められ、調査での重要な視点であることに変わりはない。しかし、そればかりでなく伝説が多様な場で歴史の根拠として受容されてきたことが重要であろう。そして、その際「義経」という固有名詞が歴史としての認定に大きな意義を持っていたのではなかろうか。博士論文でもこうした固有名詞を持つ伝説を取り上げ論じる予定である。よって、博士論文各章をより詳細に論じるための史資料及び視点を今回の調査で得ることができた。

●本事業について

 今回は、2回目のRT事業における調査をおこなった。申請により往復交通費及び宿泊費が支給されたことで、調査に集中できた。今後もこうした事情を積極的に活用し、一関市の調査を継続しておこないたいと考える。ただ、今回の調査地も現地における公共交通機関の便があまりよくない。バスなども1日3便くらいしかない地域も見受けられる。よって、短期間で効率的に調査をおこなう場合レンタカーの使用は必須となる。たしかに、事故等の不安もある。しかし、調査地の性質上やむをえない地域も多い。申請手続きをもう少し簡便にできたらよいと思われる。