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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

徳永 誓子(国際日本研究専攻)

1.事業実施の目的

申請者は、博士論文の研究対象として、14世紀初頭に原本が制作された絵巻「融通念仏縁起」を取り上げ、現存写本の比較分析による転写過程の見直し、および縁起原本成立背景の究明を目指している。今回の事業は、「同」現存写本のうち、申請者が最も重要と考える米国フリア美術館蔵本を実地に閲覧・調査することを目的とした。該当絵巻に対する分析はデジタル画像に基づき進めていたが、原本に接することにより、更に同本に対する理解を深めるため、本事業を計画した。

2.実施場所

フリア美術館(アメリカ合衆国、ワシントンD.C.)

3.実施期日

平成24年10月23日(火)から10月27日(土)

4.成果報告

●事業の概要

 今回の事業は10月下旬、23日(火)から27日(土)に実施した。このうち、実際に調査先であるアメリカ合衆国ワシントンD.C.のフリア美術館(Freer Gallery of Art)に赴いたのは24日・25日(水・木)の二日間であり、前後は移動日にあてた。
 同美術館は、スミソニアン協会が運営する美術館の一つであり、個人の収蔵品をもとに設立された。優れたアジア美術のコレクションで著名であり、日本中世の絵巻物では室町時代制作の「槻峯寺建立修行縁起絵巻」を蔵することでも知られる。他にも日本関係の収蔵品が多く、美術館自体が設立当初より研究機関として整備されており、研究者等に広く門戸を開いているため、日本から調査のために訪れる関係者も多い。
 今回の調査で閲覧させていただいた同館所蔵の絵巻「融通念仏縁起」上下二巻は、南北朝時代、14世紀後半に転写されたものである。「融通念仏縁起」については、諸写本の奥書によって同世紀初頭に原本が作られたと推定されているが、その原本の現存は確認されておらず、制作事情なども一切詳らかになっていない。
 今日、現存本のうち、最も古く、かつ原本に忠実と考えられているのは、アメリカのシカゴ美術館に上巻、クリーブランド美術館に下巻が分蔵される、いわゆるシカゴ・クリーブランド本である。同本はカラー図版が絵巻大成などに収録されるなど、関連領域の研究者の間ではよく知られており、「融通念仏縁起」全般に対する理解も、この本を最古本と見なして、深められている。
 申請者は「融通念仏縁起」諸写本の比較検討を行う中で、フリア美術館所蔵本を、シカゴ・クリーブランド本に比肩しうる重要な写本ではないかと考えるに至り、その考察内容を博士論文として発表することを目指している。そこでは、同縁起の成立背景について、従来とは全く異なる見解を提示する予定である。今回の調査は、この博士論文において、最大の要と言うべきフリア本を実地に閲覧するために計画した。
 調査当日は、同館に収蔵される前から用いられていた箱など付属品の確認、法量の測定を行い、また絵巻の内容、とりわけ絵の部分を詳細に確認した。それにより、デジタル画像のみからは判別しがたかった様々な部分、例えば剥落箇所に本来塗られていた色彩、同系統の色彩の使い分け、人物の衣服に描かれた細かな文様その他に関して、精確な情報を得ることができた。
 調査に当たって、同館の方々に大変にお世話になった。有形無形の様々なサポート無くしては、今回の計画はとても実現までこぎ着けられなかったのではないかと思う。ここに記して改めて御礼申し上げます。

●本事業の実施によって得られた成果

 事業を実施した期日は博士論文提出締め切りの直前にあたり、時間的には非常に厳しかったが、最も重要と目する写本フリア本を実地に閲覧できたことで、自身のもつ理解に対する自信が深まり、論旨を補強することができた。また博士論文には十分反映できなかった、新たな知見も得られたので、それについても今後何らかの形で発表することを目指したいと考えている。

●本事業について

 リサーチ・トレーニング事業を利用するのは初めてであり、当初は手続きの煩雑さなどを想定していたが、申請・実施に至る諸事はいたってスムーズに進み、この事業によって大きな研究上の成果を得ることができた。もちろん何よりも、申請者が所属する国際日本研究専攻、および総合研究大学院大学の事務の方々の御尽力があったからこそ、非常に快適に調査前後の一連の手続きを進めることが出来たのは言を俟たない。重ねて御礼申し上げます。