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文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業 研究成果レポート

屋代 純子(日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

田山花袋が生前所有していた蔵書、原稿等の資料を収蔵している、群馬県館林市の田山花袋記念文学館において、主にモーパッサン、ゾラに関する洋書調査を実施し、それらの西欧文学からの影響のもと、翻訳・翻案作品において、いかなる表現手法が編み出されていったかを考察することを目的とした。特に洋書への書き込みは、同文学館の原資料調査を通じてのみ明らかになるものであり、現地において調査をさせて頂いた。

2.実施場所

田山花袋記念文学館

3.実施期日

平成25年2月5日(火)から2月7日(木)

4.成果報告

●事業の概要

 今回、調査をさせて頂いたのは、ゾラ『ルーゴン家の繁栄』(邦題はこの他に、『ルーゴン一家の運命』『血縁』『ルゴン家の人々』『ルーゴン家の誕生』などがある。)の英訳本(Emile Zola “The Fortune of The Rougons”1891, Laird & Lee ,Publishers)と、同じく英訳本のダンスタン・ソサイアティ社の十七巻本のモーパッサン全集(刊記は1903)である。
 花袋が所蔵していたゾラの英訳本は、田山花袋記念文学館にこの他にも収蔵されているが、翻案作品「離れ小島」(明治30年4月「世界之日本」に掲載、第5章の翻案)、「うき秋」(明32・12「文芸倶楽部」に掲載、明治43年6月『花袋叢書』所収の際に「老夫婦」と改題。第2章、4章の翻案)を、花袋が執筆、発表していることから、“The Fortune of The Rougons ”を調査対象とした。
 また、英訳本のダンスタン・ソサイアティ社のモーパッサン全集は、山本昌一『ヨーロッパの翻訳本と日本自然主義文学』(平成24年1月、双文社出版)などの先行研究において既に取り上げられている書物であるが、花袋蔵書における書き込みなど、いわば花袋の読書履歴の痕跡に着目することを主眼として、今回の研究調査を行った。

●本事業の実施によって得られた成果

 “The Fortune of The Rougons”1891, Laird & Lee ,Publishersは扉部分に「花袋」の蔵書印が押印され、朱墨で「花袋」との書き入れが行われていた。また、赤鉛筆による下線の書き込み、カギカッコなどの書込みも多く認められた。書き込みが花袋自身によるものか否かは特定するには慎重な裏付け調査を行う必要があるが、花袋蔵書の他の本への書き込みや、翻案作品との照合によって、書き込み部分に花袋が関心を示していた可能性を視野に入れ、今後の検証・考察を重ねていきたい。
 また、ダンスタン・ソサイアティ社の十七巻本のモーパッサン全集はペーパーナイフで切り開かれた部分と開かれていない部分があった。花袋はこの全集を入手する以前に、アフター・ディナー・シリーズ(十二巻本の著作集。十一巻本か、十二巻本かの議論が長くあった。)ほかのモーパッサン英訳本を読んだとされており、切り開かれていない作品を別の書物で読んでいることも考えられるが、例えば紀行文を収めている第12巻では、「太陽の下へ」は切り開かれているが、他作品は切り開かれていないといったことから、花袋のモーパッサン作品への興味の一端を知る手掛かりが得られたと考えられる。また、目次の一部分や最後の17巻に附された「Index―French and English Titles」などに、符号の書込みが認められた。
 今回の調査研究に基づき、研究論文を執筆し、「総研大文化科学研究」(第10号)への投稿を行うことを予定している。調査させて頂いた作家の蔵書は、文学館にとって極めて貴重な資料であるため、研究結果の公開については田山花袋記念文学館のご意向を充分にふまえて実施したい。

●本事業について

 本学の文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業の支援を受けて研究調査を実施するのは、3回目となります。3日間にわたる研究調査をご許可下さった田山花袋記念文学館の皆様のご厚意に感謝しております。また、本事業を通じての大学としての研究支援を有り難く感じております。