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第22号(2026)
総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻 胡 忠正 キーワード: 狩猟者像、台湾原住民族、狩猟活動、狩猟政策 本稿の目的は、1945年から2009年までの第二次世界大戦後の台湾における原住民族の狩猟をめぐる法律や司法判決の変遷を分析し、国家が法制度を通じて構築した原住民族の「狩猟者像」の変容過程と、それが文化実践に及ぼした影響を明らかにすることである。 本稿は、原住民族の法的地位が「特殊化→脱特殊化→再特殊化」へと変遷してきたという分析枠組みに基づき、法律の条文、司法判決、行政文書の内容を分析する。その結果、法令や判決が規定した「狩猟者像」が3つの時期を経て変容してきたことを明らかにする。すなわち、第一期(1945–1971年)では、国共内戦後の治安維持と山地統治を背景に「治安維持者」として位置付けられ、第二期(1972–1993年)では、国際的孤立と経済発展、環境保護の国際潮流を背景に「環境破壊者」へと再定義され、第三期(1994–2009年)では、民主化と多文化主義、国際人権規範の導入を背景とする「自然資源管理者」へと再定義された。本稿は、施政者が理想化したそれぞれの時期における「狩猟者像」が、原住民族の法的地位や社会的な位置付けを反映したものであったことを考察する。 本稿の核心的な論点は、第一期と第三期における2つの「特殊化」の質的差異にある。前者が原住民族を「管理すべき客体」として扱った権威主義的選別であったのに対し、後者は彼らを「権利を持つ主体」として承認する形式をとった。しかし重要なのは、この「再特殊化」もまた、国家および学術界・動物保護団体などが定義する「望ましい狩猟文化」の枠内に狩猟実践を適合させようとする、新たな文化の制度的管理として機能しているという点である。 こうした構造的矛盾は、「原住民族基本法」制定後の2005年から2009年にかけての年平均摘発件数が、基本法制定前(1990–2004年)と比較して顕著に増加したという逆説的事実に象徴される。すなわち、「銃砲条例」違反(計504件)は約4倍、「野生動物保護法」違反(計136件)は約6倍にそれぞれ増加した。 本稿は、こうした構造的乖離を明らかにし、多文化主義政策の限界を理論的に解明する。これにより、台湾の事例が現代国家による文化の制度化の一般的メカニズムを示す重要な理論的貢献となるだろう。 | ||||||