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第22号(2026)
総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻 劉 丹 キーワード: 姻戚関係、農業経営、中国湖南省、農村部、ハス栽培、日常、労働、平等 本稿は、中国湖南省の農村部におけるハスの大規模栽培を事例として、姻戚関係に基づく経済的相互扶助の実態を明らかにする。 中国の漢族社会においては、血縁関係が姻戚関係より重視されてきたため、姻戚関係は長らく軽視されてきた。しかし、姻戚関係を扱った研究がまったく存在しなかったわけではない。従来の研究では、姻戚関係は結婚や葬式など特定の儀礼的場面で取り上げられ、贈与を通じて強化および再生産されるものの、永続的な関係としては想定されにくいと理解されてきた。また、母方オジのような特定の人物の役割が強調される一方で、それ以外の姻戚関係は一括して扱われる傾向がある。 さらに、姻戚関係は血縁に比べて脆弱で境界が曖昧であるとされる一方、経済的相互扶助の局面では血縁より優先される場合もある。このように、姻戚関係は比較的安定した社会関係資本として理解されてきたと言える。しかし、これまでの姻戚関係の研究は主に儀礼やそれに伴う贈与といった非日常的な側面に焦点が当てられてきた。姻戚間に相互扶助が頻繁に見られるという一般的な指摘はあるものの、姻戚間の経済的相互扶助という日常実践に着目した研究は限られている。このような背景を踏まえると、経済的相互扶助という日常実践への着目が欠けている現状において、姻戚関係を安定した社会関係資本としてとらえ続けてよいのかという問題が生じる。 本稿は、こうした課題に応えるべく、儀礼や贈与といった非日常的側面ではなく、姻戚による経済的相互扶助という日常的側面に焦点を当てる。調査対象は、湖南省農村部においてハスの実の収穫を目的として活動する経営グループである。ハス栽培は大量の労働力と資金を必要とし、当該グループは共同居住および共同労働を基盤とした経営形態をとっていた。この経営形態は、中国における農業の集団化期を想起させるものである。集団化に関わる労働や平等をめぐる議論は、本稿の分析においても重要な示唆を与えた。 本稿は、詳細な民族誌的データに基づき、ハス栽培に関わる農業経営主体の形成過程と運営方法を明らかにするとともに、労働分配や給与配分における姻戚関係の葛藤、さらにグループ内における平等意識のあり方を検討した。その分析から、姻戚関係には柔軟で拡張可能な性質が備わっており、多様なコンフリクトや、一時的に利用される「使い捨て的」な関係も内包していることが明らかとなった。したがって、農業経営において姻戚関係は協働を促進する一方で、実際の労働分担や平等意識と交錯しながら、柔軟でありながらも不安定な「資源」として機能しているといえる。 | ||||||