総研大 文化科学研究

論文要旨

典籍佚伝攷

国文学研究資料館・文学資源研究系教授 山崎 誠

キーワード:

阿弥陀経 法華経 梁塵秘抄断簡 後白河院 澄憲 丹後局 経釈 綴和字経 消息経

小稿は過去の一時期、自筆本古典籍が失われる際の知られざる一つの機構について考察したものである。

今日、その断簡が存在することでも有名な、自筆本「梁塵秘抄」は、後白河院没後も居所である六条西洞院殿の車宿に駐められた文車に納められていたが、丹後局の手で「綴和字法華経」に解体され供養された可能性を、安居院澄憲の経釈と諒闇の記録から推測した。その現物は存在しないものの、豊田市法興寺蔵阿弥陀仏像の胎内納入品である「阿弥陀経」を同時代の有力な傍証として、前記断簡がその供養経制作の際に生まれた零葉の片割れではないかとの想像を行った。

このようにして、消息経と呼ばれる遺品と同じ縁りながら、紙背や表に残されぬ為に(漉返経と同じ結果を生み)、転写本・稿本の区別なく数々の自筆資料が失われた可能性を提起した。未だ精査を尽くさぬまま、その時期を凡そ十二世紀から十四世紀までの二百年とみる。