総研大 文化科学研究

論文要旨

ヨルダンのパレスチナ人社会

―ディアスポラの現状における帰属意識とナショナリズム―

文化科学研究科・地域文化学専攻/日本学術振興会特別研究員  錦田 愛子

キーワード:

ヨルダン パレスチナ ディアスポラ 難民 記憶 帰属意識  ナショナリズム 「ワタン(故郷watan

本論文ではヨルダン・ハーシム王国のパレスチナ系住民について、その離散の現状を描出 し、彼らの抱く帰属意識やナショナリズムの分析をおこなう。題材としては彼らが親族や友人との間に保つ関係性や連絡の頻度に注目し、交流のネットワークがどのように構築されているのかを事例に基づき検証していく。また離散の記憶がどのように受け継がれ、解釈されているのかをみることによって、それらが今日のパレスチナ系住民にとってもつ意味と、ナ ショナリズムへの影響について考察する。

調査はヨルダン王国の首都アンマーン市内の二地区を対象として、2003年2月から2005年3月の約2年間行われた。選定した地域のひとつは、経済的には低開発地域でありパレスチナ人の集住地区が形成されているWA地区である。もうひとつは富裕層が比較的多く住む数地域をまとめたR地区である。これら二地区の住民の間には、経済面だけでなく社会的にも隔絶が大きく、同じ市内に住居を構えながらも両者の生活圏は重ならない。こうした異なる環境に生きる人々に注目することによって、筆者はヨルダン王国内のパレスチナ人社会像をより多面的に捉えることが可能になると考えている。

交流ネットワークのありかたについて、両地区のパレスチナ人は基本的に血縁の近い親族を中心とする往来を重視していることが確認された。しかしその関係の維持のために移動する地理的範囲や、関係の広がり方については、差異を見出すことができた。WA地区の人々が、往来の相手方に母方親族や姻族などの広い範囲を含めるのに対して、R地区の人々の場合は近親族を中心に比較的狭い範囲に限られる。また移動の地理的範囲は、WA地区の場合はパレスチナ、イスラエル、シリアなど隣接国にとどまるのに対して、R地区の場合は欧米 諸国をも含めた広い範囲に展開していた。だがいずれにせよ、彼らが維持しようとしているのは、同一対象への帰属意識によって相互につながる密接な人間関係である。各地に離散する親族・友人との間に紐帯を築くことで、彼らはディアスポラ状態における同胞意識の基盤を保持しようとしているのではないだろうか。

離散に関する記憶については、どちらの地区においても直接の体験者が高齢化する中、家族史の重要な一部分として語り継がれている様子がうかがわれた。WA地区では住民の出身村近くのダワーイマ村で起きた虐殺の記憶が、R地区では現在の経済的成功とは対照的にすべてを失い故郷を追われた体験が、それぞれ語りの中核となっている。彼らは当時の具体的な状況について、実際に目撃したかのように詳細に語り、その悲惨さを強調する。だが各自のもつ記憶は、1948年戦争で他のパレスチナ人が体験した同様の記憶とも結びつけて語 られていた。両者は同質の記憶として融合され、パレスチナ「全体」にとっての記憶へと位置 づけ直されていた。これは、困難な体験を「全体」の中に位置づけることで苦しみを相対化させると同時に、彼らの間で同胞意識を強める効果をもつ。

パレスチナ・ナショナリズムについては、基盤となるべきパレスチナ国家の不在や、周辺アラブ諸国と近似のエスニシティ状況におけるパレスチナの位置づけ、ナショナリズム萌芽の時期をいつに求めるかなどの点をめぐり、議論が展開されてきた。だが個人が抱く帰属意識に注目して、具体例に基づき検討を加えた例は少ない。本稿はその点において新しい研究成果を提示するものである。また彼らの意識からは、離散状態(ディアスポラ)におかれた人々が抱くナショナリズムとしての特徴が見出される。ディアスポラの個人の間には、日常的な接触を可能にする環境が確保されにくく、相互に対して直接同朋意識を抱くことは難しい。その結果彼らは、それぞれが離散した場所で架空のパレスチナ国家に対してつ ながることになる。だがそこに本質的なナショナリズムの基盤が全く存在しないわけではない。親族を中心とする緊密な人間関係の存在や、共有される記憶、かつて住んでいた土 地などを要素として構成される「ワタン(故郷)」が紐帯として存在しているのだ。「ワタン」は 彼らの意識のなかで、場面に応じて個別の故郷からパレスチナ全土へと拡大する。こうした伸縮性をもつ「ワタン」の存在により、ヨルダンのパレスチナ人におけるディアスポラのナ ショナリズムは支柱を与えられているのである。