総研大 文化科学研究

論文要旨

『令集解』所引『論語義疏』の性格に関する諸問題

―「五常」の条をめぐって―

文化科学研究科・日本歴史研究専攻 燗c 宗平

キーワード:

令集解 田中本 論語義疏 旧鈔本 唐鈔本 敦煌本論語疏 本文

本稿では、日本史学と中国学の学際的研究の一環として、奈良期及び平安期の『論語義疏』の性格を解明するため、『令集解』所引『論語義疏』の性格について考察するものである。

従来の『令集解』所引漢籍の研究は、最良の活字本と認 知されている国史大系本を用いているが、その底本である田中教忠旧蔵本(以下、田中本と略称する)の性格を十分解明しないまま研究が進められていることと、所引漢籍を調査する際に、日本に伝来していないテキストや『令集解』 の撰述の時代から考えて不適切なテキストを用いていることの二点の文献学的問題がある。これら『令集解』のテキスト選定に関わる文献学的問題は、『令集解』所引『論語義疏』の先行研究である高橋均・山口謠司の両氏にも指摘できる。  

まず『令集解』の諸本を精査し、さらに、そのうちの所引『論語義疏』を他の日本古代中世典籍所引『論語義疏』・旧鈔本『論語義疏』・敦煌本『論語疏』と比較検討することにより、奈良期及び平安期に流布していた『論語義疏』の系統を追究し、学問史的研究に資することとしたい。

そこで対象を『令集解』所引『論語義疏』「五常」の条に絞って『令集解』諸本を校勘し、ついでこれを他の日本古代中世典籍所引『論語義疏』と比較検討した。その結果、田中本は諸本と比較すると誤写と思われる箇所が多く認められ、必ずしも善本とはいいがたく、田中本を底本としている国史大系本も、これを利用するに当たっては細心の注意を払う必要があると考えられる。

また、『令集解』所引『論語義疏』は、『論語義疏』の日本伝来当時の本文や唐鈔本系統の本文の旧態を遺存していると推定される。しかし同時にそれは『令集解』に引用さ れた二次的な様態でもあり、そこに日本人の手による改変を受けている可能性を念頭に置いておく必要がある。

次に、『令集解』所引『論語義疏』と敦煌本『論語疏』とは同系統ではあるが、相対的に区別されるものと考えられる。このことから、唐代には少なくとも、『令集解』所引『論語義疏』の系統に近いテキストと敦煌本系統のテキ ストが存在したということもいえるのではないかと考える。

以上により、奈良期及び平安期の『論語義疏』の性格の一斑として、『令集解』所引『論語義疏』の性格が一部明らかになった。『令集解』所引『論語義疏』の本文が唐鈔本系統の本文をいかに改変しているかについては、なお精査を必要としており、今後の課題である。この課題を解決することにより、奈良期及び平安期に流布した『論語義疏』 鈔本の原形復原、また『令集解』における明法家の漢籍引 用の論理等の新たな課題を生じることになろう。