総研大 文化科学研究

論文要旨

転換期における稲作の意味の変容と技術選択

―小規模・自給型稲作における技術評価―

文化科学研究科・日本歴史研究専攻 渡部 鮎美

キーワード:

機械化 空中田植 技術評価 手間 生業の意味 社会的価値

本論では手作業での慣行農法から機械化農業への転換期 における稲作技術の選択がどのように行われたかを機械化で消えるはずであった空中田植と手植を事例として考察する。

調査地の山梨県富士河口湖町河口地区は河口湖に臨む高冷地で、農業用水と田地の不足から、稲作は耕地整備後の1940年以降に本格化した。田植作業の機械化は1970年ころから進み、この機械化転換期の1973年に稲作労働の省力化と増産に特化した空中田植という技術の普及活動がなされた。しかし、4〜5年で空中田植をしていた農家は2戸をのぞき、機械植に移行してしまった。他方、機械植へも空中田植へも移行せず、手植を行っていた農家も2戸あった。こうした機械化への転換期に稲作という生業の意味や技術の評価はどのように変化していったのだろうか。本論では、機械化転換期に稲作技術の選択がどのよ うに行われたのかを聞き取り調査と農作業の参与観察、生産費と労働時間の計量・計測によって明らかにした。

河口での空中田植と機械植の10a当たりの生産費と労 働時間を比較したところ、空中田植は生産費が安く、収量が多かった。総労働時間も機械植よりも短く省力化できることが分かった。しかし、空中田植の普及活動が行われた時期には、1970年の生産調整に伴う稲作の小規模化、販売型から自家消費型への転向が進み、空中田植の技術は 受け入れられなかった。空中田植のメリットである省力 化・増収は自給用の米の生産を目的とする農家にとっては 魅力的ではなかったためである。また、植え付け作業にかかる時間は空中田植と機械植で大差がなく、空中田植は田植を行う人手がなければ短時間で植え付けができないこと が分かった。つまり、空中田植や同様に人手のかかる手植は田植の人員確保の成否が技術選択の条件となっていたのである。そして、空中田植の技術評価は省力化・増産の技術から田植人員の確保があった場合に短時間で植え付けを終えられる技術へと変わっていた。

また、個々の田地が近接している河口では日常的に、田の植え付け面の様相や作業の様子から農家の働き方が評価されている。手植や機械植の条間の揃った田や丁寧な植え付け作業からは熱心に働いている人という評価がされる。一方、空中田植の乱れた植え付け面はいい加減な植え方と見られ、田植をした農家までもがいい加減な人だという評価をされる。その上、投げるという植え付け法は河口の人たちに粗放な農法とらえられ、強い抵抗感が示された。小規模自給型稲作を行う河口では、増収性や労働効率ではなく、植え付け面の美観や田植方法の丁寧さといった手間を重視することが社会的な価値観になっていたのである。

転換期の稲作技術の選択には、生産調整という政策による生業の意味の変容や手間を重視する地域社会の技術評価体系、個々の農家による田植人員の確保の成否が関わっていた。生業の意味の変化、技術変遷を技術評価に着目して 考察した本論文では、従来の生業研究において共時的な分析にとどまっていた技術評価を通時的な観点から捉え、技術評価自体が技術選択を変えるものであったことを指摘した。生業の変容は技術評価の変化と実際の技術変遷、生業の意味の変容を重ね合わせることでより実態的に論じるこ とができるだろう。