総研大 文化科学研究

論文要旨

リアリズムと虚実皮膜論

文化科学研究科・国際日本研究専攻 東 晴美

キーワード:

近松、リアリズム、虚実皮膜論、武智歌舞伎、伝統

本稿は近松の言説「虚実皮膜論」の受容について、近世から現代までを、アカデミズム、役者・演出家、評論を通して概観した。

特に、戦中・戦後に歌舞伎の改革を唱えた武智歌舞伎の武智鉄二や前進座の中村翫右衛門は、「虚実皮膜論」や元禄期の俳優の芸談が「写実」について述べていることから、「リアリズム」を標榜する近現代演劇とともに、伝統演劇が現代に生きるための重要な理論の下支えとしていた。だからこそ、虚実皮膜論は、舞台表現の問題にとどまらず、矛盾に満ちた社会をどのように作品に反映するかという理念の問題にも及んで解釈された。

近松の言説は、伝統演劇が過去の遺物ではなく、現代に生きる古典演劇として再生する装置として、重要な役割を果たしたのである。

日本演劇史において、戦後の伝統演劇や新劇の改革に双方が影響を与え合っていたという事実はさして新しい指摘ではない。また、近松の虚実皮膜論も、一八世紀に生きた近松を探求する近世文学・演劇研究者にとっては既に魅力を失っているかもしれない。しかし、視点を日本文化論に転じたとき、何故、近松は日本を代表する偉大な劇作家であり、近松の作品は日本人の特徴である「義理人情」を描いたとしてたたえられ、近松の虚実皮膜論が日本文芸史における虚構論の先駆けとなり、そして現代日本文化にとって重要な役割を果たしているのかが改めて浮き彫りにされるのである。