総研大 文化科学研究

論文要旨

戦前の木版画制作と浮世絵

―浮世絵研究雑誌における版画論争より―

文化科学研究科・国際日本研究専攻 小山 周子

キーワード:

新版画、創作版画、『浮世絵芸術』、浮世絵、「現代版画論争」、伝統、楢崎宗重

本稿では、戦前の浮世絵研究雑誌『浮世絵芸術』(1932〜35刊行)誌上で、創作版画と新版画の版画家らが論戦を繰り広げた版画論争を取り上げる。新版画とは、「画・彫・摺」を分担して、版元のもとで制作される版画を言い、そのマーケットは国際的に拡大させていた。新版画を研究対象として取り上げる上で、従来大きな事象として扱われてきたのが、創作版画との対立の問題である。創作版画家は、主に自画・自刻・自摺を実践する版画家らであった。

まず論争の全容や経過を明らかとするため、『浮世絵芸術』の全巻を通じ、現代版画のあり方に関する論考・記事を抽出した。さらにこの論争の立役者がいると仮説を立て、責任編集の存在を明らかとした。その人物とは、戦後にも浮世絵研究の中心的役割を果たした、楢崎宗重(1904〜2001)である。『浮世絵芸術』誌上の版画論争は従来、互いが互いの版画を攻撃し合う泥沼化の事象という認識を持たれてきたが、本稿では楢崎によってさまざまな版画家の意見が誌上に掲載され、論争のなかから新しい版画を誕生させる試みだった可能性を指摘した。

次に、版画論争から読み解くべきは、表面上の批判ではなく、彼らがどのような版画を目指していたかであるとし、浮世絵研究誌上で浮世絵とどのように関連付けられるかではないかと考え、各版画家の浮世絵に掛る視点を提示した。それによって創作版画家には、反発の感情、研究の対象、自らの源流としての認識が見出せ、新版画家にはそれ以外にも、版元制、浮世絵師の流れを組むことからの連続性、さらには海外における「浮世絵の復興」としての受容の問題が確認された。最後に今後の新版画研究の課題を導いた。