総研大 文化科学研究

論文要旨

反復される主題

―『本朝水滸伝』の典拠と方法―

文化科学研究科・日本文学研究専攻 紅林 健志

キーワード:

建部綾足、本朝水滸伝、日本王代一覧、和文体小説、初期読本

建部綾足『本朝水滸伝』(安永二年〈一七七三〉刊。後編は写本で伝わる)の主題について、俗説の利用の方法を分析し、また当時の歴史認識のあり方とも比較することで、その特徴について論述する。

『本朝水滸伝』は孝謙天皇の寵を受け、法皇となった道鏡の専横に対し、恵美押勝を中心とする反乱軍が蜂起へと向かってゆく過程を描く作品である。ここで描かれる弓削道鏡は、先行する通俗史書などよりも、その「成り上がり」という性格を強調するかたちになっている。そしてそれに対抗する押勝たち反乱軍の人物は、貴種でありながら落魄を余儀なくされるという、経歴を有しており、両者は綺麗に対偶をなしている。『本朝水滸伝』は従来、「反乱」を描く物語として、近世小説の枠組みに対して、やや特異な位置づけを与えられてきた感があるが、以上の分析から「成り上がり」に対する批判的な要素を持っており、これは、近世のような「太平の世」の物語としてはむしろ典型的なものといえる。

また、作品の典拠についても、『前々太平記』(正徳五年〈一七一五〉刊)に拠るとする定説に異議を述べ、文辞の点では、むしろ『日本王代一覧』(寛文三年〈一六六三〉刊)と一致する点も明らかにする。そして、主題を反復するという方法をもって『本朝水滸伝』が初期読本としては希有な長編化をなしえたという点についても併せて触れる。