総研大 文化科学研究

論文要旨

河川におけるオープンアクセスでの資源利用

―紀伊半島南部古座川の漁撈と近代林業から―

文化科学研究科・比較文化学専攻 加藤 幸治

キーワード:

自然資源利用,漁撈技術,民俗学,林業,熊野地域研究

近年の生業民俗研究において、自然資源に対する介入の仕方に関する議論が高まっている。国家でも個人でもない共的な資源管理に関する研究事例の蓄積に比して、誰もがその利用に介入可能なオープンアクセスでの資源の利用の実態やその背景について問題意識を持って取り組んだ調査は少ない。こうした事例は、従来から民俗誌記述の際に、里山における薪炭、山野草、キノコの採集慣行などでよく知られてきたものであるが、その多くは現実には共同体による規範を前提としたものであった。

筆者は紀伊半島南部の熊野地域でのフィールドワークにおいて、コミュニティの枠組みを超えて個別な活動のなかで広範囲に展開する自由な資源利用があり、なぜ資源の枯渇や資源をめぐる利害の対立があまり見られなかったのかに注目してきた。筆者はその一例として、備長炭用の二次林におけるシイタケ半栽培について報告したことがある。本稿で紹介する紀伊半島南部を流れる古座川の漁撈も、集落の境界を越えて個人が自由に漁撈を行なうというものであり、同じ問題意識のもとに行なった調査である。

大正期から昭和前期を念頭に置いた聞書きでは、古座川では三〇種を超える漁法が見られた。筆者はこの多様性は、川がもっぱら木材の流送路として活用されてきたために、専業の川漁師が発達しなかったこと、流送による環境の攪乱が漁撈活動の遊戯性を高めたことなどと関係があると考える。多様な漁法には、個人が行なうものや、コミュニティをあげて行なうレクリエーション的なもの、サブグループによる現金収入目的のものがある。

こうした事例は必ずしも一般的なものではないが、自然資源のオープンアクセスでの利用の背景を探るためのひとつの事例として提示することができよう。