総研大 文化科学研究

論文要旨

自然葬の誕生

―近代日本的価値の拒否―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 比較文化学専攻 金セッピョル

キーワード:

日本、近代、葬送儀礼、自然葬、散骨、「葬送の自由をすすめる会」

本稿の目的は、日本社会において自然葬という新しい葬送儀礼に与えられてきた意味を社会文化的コンテクストから明らかにすることである。

近年、従来の地縁・血縁を基盤とする墓、つまり居住地域の旦那寺に設けられ、長子によって継承される墓の形態が問い直され、継承を前提としない新しい選択肢が増えている。海、山などに骨灰をまく自然葬もその一つである。このような変化は、これまで家族構造の変化と人口移動という側面から説明されてきた。

しかし、人生において重大な意義をもつ葬送のような通過儀礼は、当面する墓の購入と継承の問題だけでなく、これまでの生を締めくくり死に備える契機として、何らかの意味をもって実践される。本稿は、自然葬という新しい葬送儀礼にみられる重層的な意味の一面を、自然葬を実践する側に比重をおいて考察した。

その結果、自然葬は「近代日本的価値の拒否」という意味付けがあり、それが自然葬の登場と定着を支えてきたことが明らかになった。敗戦と戦後の民主化、大衆消費社会化、国際化の時代を生きてきた自然葬選択者たちは、「葬送の自由をすすめる会」のマスター・ナラティブに影響されながら、家族国家イデオロギー、軍国主義、集団主義と閉鎖性などを認識するようになり、それらを自ら拒否しようとする。しかし彼らは主体的個人、合理主義を求めるが、そのような理想のもとに人生を送ってきたわけではない。むしろ実践し切れなかった理想を自然葬に託しているように考えられる。

また、このような思想的背景をもって進められてきた自然葬は、現在、商業化され拡散している。商業化と、そこで発生している「すすめる会」の差別化戦略のなかで、自然葬の意味がどのように再編されていくかについては今後の課題でもある。