総研大 文化科学研究

論文要旨

民俗芸能の継承と伝承組織の変容

―比婆荒神神楽を支える「名」に注目して―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本歴史研究専攻  鈴木 昂太

キーワード:

荒神信仰、比婆荒神神楽、名、民俗芸能、伝承組織

民俗芸能は、いかにして継続的に執行され続けられるのだろうか。本稿では、こうした命題を、芸能が伝承される地域社会の変動に応じ、従来の祭祀組織、信仰、儀礼を変容させて民俗芸能の存続を図ってきた、地域の人々の工夫に注目して考察を行っていく。

事例としては、広島県庄原市東城町・西城町に伝承される「比婆荒神神楽」を扱う。この地域には、「本山三宝荒神」を祀るための「名」という組織があり、「名」は神職と神楽社を招き、「名」毎に異なる七年・一三年・一七年・三三年に一度の式年で、四日四夜にわたる「大神楽」を行ってきた。

大規模な式年の「大神楽」は、多大な資金や人足が必要であり、「名」中の力を結集して行われる大事業である。そのため「大神楽」の存続には、「名」が経済的・労務的な負担などを負えるかどうかが、大きな影響を与えた。生業・生活の変化や人口流出といった、近現代における地域社会の大きな変化による伝承の危機に直面した時、「名」は、どのような工夫・変化をして、荒神祭祀を続けてきたのだろうか。

東城町・西城町におけるいくつかの事例を見てきた結果、「大神楽」を続けていくために地域が選んだ工夫には、「名」の【合同】・【合祀】・【再編】という三つの方法があった。

まず、数軒から一〇数軒の家によって構成される小規模な「名」が、いくつか【合同】し、共同で「大神楽」を執行する方法がある。

また、村内の小規模な「名」それぞれで祀られていた「本山三宝荒神」を、すべて村氏神社の境内に【合祀】する地区もあった。

さらに、西城町八鳥地区では、「組」という組織を基礎単位にして、村を代表する一つの大きな「名」と「本山三宝荒神」が新たに創出された。その過程では、もともと関係のない村氏神社の祭祀に、「本山三宝荒神」の祭祀を組み込むなど、地域の祭祀体系と「名」の【再編】が行われた。

以上の【合同】・【合祀】・【再編】という工夫に共通していたのは、従来の小規模な「名」から、より大きい「地区(村)」へ荒神祭祀の執行主体を変更させることで、「大神楽」に参加する軒数を増やし、一軒当たりの費用・労務負担の軽減を図るということである。

村全体で「平等」に、負担を「少なく」して「大神楽」を実施するという原則は、祭場の変化や費用負担の方式など、「大神楽」の執行形態を変更させることにもつながった。この変化により、高度経済成長期以降の生業の変化、人口流出といった大きな危機にも対応できた。その一方、平等化を推し進めた結果、かつて「大神楽」が持っていた村落内身分の再生産、富の再分配の場という機能は、失われることとなった。