総研大 文化科学研究

論文要旨

台湾における災害展示と
民族アイデンティティとの関係

総合研究大学院大学 文化科学研究科 比較文化学専攻  呂  怡屏

キーワード:

災害博物館、博物館展示、平埔原住民族、タイヴォアン人、民族的アイデンティティ

本稿の目的は、台湾において1999年に生じた大規模な地震である「九二一大地震」の後に作られた「九二一地震教育園区」と、2009年の台風に伴う土砂災害である「八八水害」の後に作られた博物館展示の内容を比較検討することである。前者が自然災害をもたらした環境と文化財への影響に対する意識を高め、後者がさらに台湾における原住民族の課題と深く関わってきたことを明らかにする。これにより、災害に関連して建設された博物館やその展示が、災害という課題だけでなく、地域の住民や民族集団のアイデンティティに影響を与えていく作用を有することを論じる。

台湾では、1980年代に社会全体で民主化が進行した。人口の大多数を占める漢族系の住民に対して少数派であったオーストロネシア系の先住民である原住民族の間にも、「人権」、「土地権」、「自治権」、「言語・文化権」などへの意識が高まり、それらの権利回復を目的とする「原住民族運動」が社会運動として生じた。1994年の憲法改正により、原住民族の権利や文化を尊重することが求められるようになり、台湾各地で当地の民族の文化や歴史を展示するための地域原住民族博物館の建設が活発に進められた。

1999年9月21日の九二一大地震以後、台湾の博物館は真剣に災害とその影響をテーマとして取り扱うようになった。このような中で、2009年、八八水害による自然的・文化的な被害が生じたことで、九二一大地震が起こった十年後、もう一度災害と人間の関係、そして被災地における文化と生活の再建への関心を人々の間に呼び起した。特に甚大な被害を受けた平埔原住民のシラヤ系タイヴォアン人の文化を再興するため、台湾の公立の博物館は、社会教育および文化保存・伝承を担う機関として、災害救援と文化復興に協力した。その中で、被災した小林村と同じ自治体にある高雄市立歴史博物館は、小林平埔族群文物館が完成するまでの準備と企画に取り組んだ。

小林平埔族群文物館の常設展示の企画チームは被災者の意見を取り入れ、村の歴史を踏まえたうえで、昔の小林村の生活を再現することにした。展示の企画立案の過程と、実際に完成した展示は、現地住民の民族的アイデンティティを呼び起こすことに影響を与えたと考えられる。筆者は本論を契機として、開館後の文物館と村民とのコミュニケーション、および展示の中に盛り込まれなかった災害をめぐる経験と記憶の継承のありかたを研究課題として注目し続け、さらなる検証を重ねていきたい。