総研大 文化科学研究

論文要旨

『香道蘭之園』組香と『夫木和歌抄』

―『夫木和歌集抜書』との関係について―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻  武居 雅子

キーワード:

夫木和歌抄 夫木和歌集抜書 香道蘭之園 組香

夏木だち庭の野すぢの石のうへにみちて色こきふかみ草かな 慈円

この慈円の歌は、『夫木和歌抄』に、諡号・慈鎮和尚の作として収載されている。そしてこの歌の「庭の野すぢ」が「庭の野すり」となった

夏木立庭の野すりの石のうへにみちて色こきふかみ草かな

が、香の伝書『香道蘭之園』牡丹競香の証歌として使われている。しかし「野すり」ということばは不明である。したがって、香道実技の場で、この歌は不審とされてきた。

元文年間に成立したと考えられる香の伝書『香道蘭之園』には二三六の組香が掲載されているが、『夫木和歌抄』由来の和歌を証歌とする組香は二四である。牡丹競香以外にも、組香証歌が『夫木和歌抄』収載の和歌と微妙に異なるものがあるので、本稿ではそれらを精査検証してみた。

結論からするならば、二四の組香証歌はいずれも『夫木和歌集抜書』に収載の和歌であること、また異同のある証歌は、『夫木和歌抄』が直接の典拠ではなく西順自筆本『夫木和歌集抜書』に端を発した可能性があること、さらには、『夫木和歌集抜書』の特定の板本に依拠したらしいこと、などである。

本稿では、まず『香道蘭之園』の概要と成立経緯を概観したのち、『夫木和歌抄』由来の和歌を証歌とする二四の組香を提示し、『香道蘭之園』諸本間での証歌の異同について確認する。さらに、これら二四の証歌について、『夫木和歌抄』写本三本間での異同を確認し、次に『香道蘭之園』と『夫木和歌抄』写本三本間での異同を提示する。その後『夫木和歌抄』写本三本と板本一本間での異同を確認し、次に『夫木和歌抄』板本と西順自筆本『夫木和歌集抜書』そして『夫木和歌集抜書』板本間での異同を精査する。これらを踏まえて『香道蘭之園』の証歌に異同が生じた経緯を纏めてみる。

『夫木和歌抄』の享受といえば、その後の勅撰集の資料となってその形成に与ったことや、連歌の付合や証歌の検索に利用されたことなどが先行研究で指摘されている。これらを第一次享受と捉えるならば、西順による自筆本『夫木和歌集抜書』の出現は第二次享受と言えよう。本稿ではそれら文学上での『夫木和歌抄』享受だけではなく、「香道」の世界でも『夫木和歌抄』『夫木和歌集抜書』が享受されていた事実を明らかにしたいと考える。