総研大 文化科学研究

論文要旨

ドーセント・ツアーのエスノグラフィ

―サンノゼ日系アメリカ人博物館における
「フォーラムとしての博物館」をめぐって―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  松永 千紗

キーワード:

日系アメリカ人、博物館、「フォーラムとしての博物館」、展示解説員、ドーセントツアー、語り、共有

本稿の目的は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼ日系アメリカ人博物館における展示解説員「ドーセント(docent)」および彼らが企画する館内ツアーに着目し、当該博物館における「フォーラムとしての博物館」の実現を論じるものである。「フォーラムとしての博物館」とは、ダンカン・キャメロンによって提唱された博物館のあり方の一つであり、従来の博物館が批判的に見直された1980年代後半以降、博物館の目指すべき指針として、研究においても実践の場においても広く取り上げられている。しかし、「フォーラムとしての博物館」の概念が実現している具体的な事例を記述した研究は少なく、本稿は博物館への参与観察から事例を詳述し、分析することで、従来の枠組みとはやや異なる着目点の提供を試みる。

サンノゼ日系アメリカ人博物館は、サンノゼ地域の日系アメリカ人(以下、日系人)が自らの歴史を展示している小規模な博物館である。ドーセントツアーは、館内の展示解説を行うものであるが、その内容はマニュアルによる統一が図られておらず、ドーセントごと、来館者ごとに異なっている。本稿ではドーセントツアーがどのように構築され、実践されているのかを参与観察から分析した。

ドーセントは、当事者性を有する記憶の保持する日系二世・三世ドーセントと保持しない日系人・非日系人ドーセントに分けられる。戦時強制収容や日本町での暮らしの記憶を有する日系人ドーセントは、展示物から想起させた当事者性のある記憶をツアーに用いる。また来館者が同様に当事者である場合、ツアーはお互いの記憶を共有する場へと変化していた。一方で、若い日系人や非日系人ドーセントは、他のドーセントやツアーを通して出会う当事者性のある日系人来館者の語りを収集し、取捨選択し、ツアーに用いていた。こうした場での語りには、常設展示とは必ずしも一致しない記憶が含まれており、多様な視点が共有されていた。ツアーの中では、来館者がドーセントから学ぶだけでなく、ドーセントもまた来館者から気付きを得ていた。以上のことから、サンノゼ日系アメリカ人博物館は対話性と多声性を有した「フォーラムとしての博物館」であると結論づけた。