総研大 文化科学研究

論文要旨

第16号(2020)

雉尾攷

―日本書紀にみる赤気に関する一考察

1 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻/国立極地研究所
2 総合研究大学院大学 文化学研究科 日本文学専攻/国文学研究資料館
3 総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻

片岡 龍峰1山本 和明2藤原 康徳3塩見こずえ1國分 亙彦1

キーワード:

日本書紀、赤気、雉尾、扇形オーロラ、彗星

日本最古の天文現象の記録は、『日本書紀』巻二十二、推古二十八年十二月一日(西暦六二〇年十二月三十日)の條に記される「十二月庚寅朔、天有赤気。長一丈餘。形似雉尾」という一節である。「赤気」は、彗星の類と理解され、日本古典文学や歴史学などの研究では悪い兆候を示すもの、といった理解がなされてきた。その一方、地球物理学においては、オーロラと理解され、オーロラの最も早い事例としてこの『日本書紀』が位置づけられてきた経緯がある。今回の考察では、「赤気」だけではなく、文中の「雉尾」という言葉にも着目し、『日本書紀』諸本での記述を踏まえたうえで、扇形をした赤いオーロラが日本などの中緯度で観察されやすく、真夜中より前に見られ、かつ雉の尾に似た形状をし、「長一丈」に該当する角距離十度相当で見えるという最も構造が際立った形態であるということを、雉の生態など、鳥類学の研究も踏まえて明らかにした。文献学的な考察に加え、雉の生態や尾羽の特徴を理解する鳥類学、彗星に関する古天文学の知識も合わせて新たな考察を加えたことによって、『日本書紀』の編纂に当たった人々の記述に対する責任感や知性、私たち日本人のルーツとなった倭の人々の観察眼や感性を伺い知るうえで一定の視点を与えることに寄与しうるものである。