総研大 文化科学研究

論文要旨

第16号(2020)

柏原屋絵本の研究

―初期絵本を中心に―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻  古明地 樹

キーワード:

渋川清右衛門、絵手本、画譜、上方絵本、上方出版、絵本草源氏、絵本手帳綱目、絵本清書帳、絵本稽古帳、絵本忘草

大坂の書肆、柏原屋(渋川清右衛門、稱觥堂)は、渋川版と称される『御伽文庫』や、『女大学宝箱』等を出版したことで知られる。一方で、鈴木春信をはじめとする浮世絵師に影響を与えた橘守国画作『絵本写宝袋』(享保五(一七二〇)年刊)、合羽摺り絵本の嚆矢となった大岡春卜画『明朝紫硯』(延享三(一七四六)年刊)等を刊行し、大坂を中心とした享保期以降の絵本流行を支えた板元の一つにも数えられる。これらの影響を考えれば、絵本研究の視点から柏原屋の活動を明らかにする意義は大きい。この考えに基づき、本稿では柏原屋の初期絵本を取り上げ、その出版活動を論じることで、享保期における絵本流行の一端を明らかにすることを目的とする。

享保五(一七二〇)年以前の成立となる柏原屋の絵本広告には、『絵本草源氏』『絵本清書帳』『絵本稽古帳』『絵本たから蔵』『絵本忘草』『絵本ふくらすゝめ』『絵本手帳綱目』『万物絵本大全』の八作品が載る。本稿では、これらを柏原屋が刊行した初期における絵本として取り上げ、その書誌を記すと共に作品の成立過程について考察することで、柏原屋の絵本出版の諸特徴を把握することに努める。

この伝本調査により、柏原屋の刊記を有する『絵本清書帳』は『絵本手帳綱目』を求板後に改修した内容を持つこと、板木の改修跡より『絵本稽古帳』や『絵本忘草』等の作品が求板版であること等が判明した。また、これらは伝本の少ない稀覯本であるが、上述の作品に対する考察や、作品の構成に改修によって生じたと推測される不和が認められることから、初期の柏原屋絵本が総じて後修本である可能性が高いと判断する。

『絵本手帳綱目』、『絵本ふくらすゝめ』、『万物絵本大全』を除く作品に柏原屋の刊記が確認され、全ての伝本が「享保三年五月」(一七一八)の年記を有する。しかし、刊記の分析を行った結果、これら八作品の印時期にはずれが生じている可能性があると推測できる。則ち、柏原屋は享保五年以前に八種の絵本板木を有していたものの、作品によって印・修の時期が大きく異なる可能性を指摘する。