総研大 文化科学研究

論文要旨

第17号(2021)

中国青海省におけるチベット仏教系宗教施設の変容

―貴南県ツァルナ寺院、トレ寺院とチャンツェ・ガルカ小寺の事例を中心に―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  拉加本

キーワード:

中国青海省、アムド・チベット族、宗教施設、檀家村、日常的法要、教理哲学

本論文の目的は、チベット・アムド地域におけるチベット仏教寺院(ゴンバ)とその檀家村(ラデー)とはいかなる関係を持つか、ダム建設による移転後の仏教寺院と村落の関係はいかに変遷してきたかを、仏教的宗教施設の再建の事例を取り上げ、その民族誌的記述を通して明らかにすることである。半農半牧の生計を営んできた調査対象のボンコル村は、貴南県沙溝郷の黄河河岸に位置する。1976年、龍羊峡ダムが建設され、ボンコル村はダム湖に水没するため二回の移転を経験した。それに伴い村人にとって重要な信仰活動の場であった寺院、廟、山神の祠といった宗教施設も移転を余儀なくされた。ダム建設がもたらした宗教施設の移転・再建と変容、及びそれが村人の仏教的な民間信仰に与えた影響を考察するには、まずその背景にある村人の宗教活動を指導し左右してきた高僧たちの伝記と寺院の成立史、寺院と檀家村の関係などを踏まえることが不可欠である。それゆえ本稿では、村の宗教活動に深く関わる(1)再建し日常的法要(トンチョク)の継続に向かったツァルナ寺院、(2)最新の教育制度および教理哲学(ツェンニー)を整え、現在最も発展しているトレ寺院、そして(3)ついに再建に至らなかったチャンツェ・ガルカ小寺というチベット仏教的な三寺院を取り上げた。三寺院それぞれの歴史、再建ないし再建不能の経緯と要因、現在の寺院の機能、寺院と檀家村との関係や寺院の盛衰の比較から以下のことが解明できた。寺院再建にはそれを発起し推進する、かつて寺院で活躍した元僧侶や化身ラマなど指導的僧侶が欠かせず、それに呼応して物心両面で協力する檀家村の人々を必要とする。再建後の寺院の盛衰は、檀家村の人々の日常的法要を維持したいという要望に、寺院が社会の大きな変化を踏まえて柔軟に対応できるか否かにかかっていることが明らかになった。