総研大 文化科学研究

論文要旨

第18号(2022)

日本の山村における地カブの栽培方法について

―静岡県井川地域の事例―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 地域文化学専攻  川上  香

キーワード:

カブ、焼畑、茶畑、自給的農耕、山村

「地カブ」などと呼ばれる自生するカブやカブの仲間については、宮崎県椎葉村の焼畑と関連した事例などの報告がある。しかしこれらは、自生状況の報告などにとどまり具体的な栽培方法は明らかにされていない。そこで本研究では、静岡県井川地域にあるX集落を対象として昭和30(1955)年頃からの山村における地カブ栽培がどのように継承されてきたのかを示し、そこから現地の人にとって地カブの作物としての位置づけと生活文化との関わりを明らかにする。結果は以下のような3点にまとめられる。

1つ目は、昭和30(1955)年頃の茶畑および焼畑での地カブ栽培である。X集落における地カブ栽培は、主な栽培地が茶畑と焼畑であった。茶畑では、地カブはチャの株間に自生しており、同じくチャの株間で栽培されていたコンニャクを収穫すると地カブは勝手に生えてきたという。地カブの菜花は養蜂の蜜源に利用した。茶畑の地カブの種子を採集し、焼畑でヒエと地カブを混播した。

2つ目は、昭和60(1985)年頃から現在までの常畑における地カブ栽培である。X集落出身のAさんに注目した。Aさんは茶畑だけではなく常畑でもコンニャク栽培を行うようになった。常畑に勝手に生えてきた地カブに花を咲かせ、種子が自然に落ちるよう畑に放置し、X集落の茶畑の地カブ栽培のように、コンニャクを収穫すると地カブが自然と生えてくるような栽培環境を作り出していた。

最後は、昭和30(1955)年頃から現在までこぼれ種子を用いる理由についてである。昭和30年代から現在まで地カブの栽培にこぼれ種子を利用することが一貫していた。背景には、地カブは自生力が強いという認識と、自家採種した種子を、いろいろな畑にふりまき、生えてきたものを利用するというAさんの祖母が行っていた栽培方法の影響が考えられた。

X集落では、重要な商品作物であったチャやコンニャクを栽培するための茶畑において、コンニャクの収穫が終わると勝手に生える地カブは秋から春先に得られる自給食料として重要ではあるが、あくまで副次的作物として位置づけられて継承されてきた。しかし、焼畑での栽培や養蜂における春先の蜜源としての利用など、山村の生業や生活文化と密接な関わりを持つ作物であったことが明らかとなった。