総研大 文化科学研究

論文要旨

第19号(2023)

精霊憑依研究における
コンテクストと視点の問題

―マリの首都のソンガイによる精霊憑依の実践における
精霊ハウカの位置づけを巡って―

奈良県立大学 学術研究員  内田 修一

キーワード:

ソンガイ、精霊憑依、コンテクスト、再帰性、都市、ネオ・サイバネティクス

本論考は、マリの首都バマコでソンガイ移民たちが継続してきた精霊憑依の実践を対象に、主に植民地期に出現した精霊ハウカに関する事例をとりあげ、この精霊に関する彼らの認識と彼らにとって重要な実践のコンテクストを明らかにすることをとおして、実践者の視点を重視した視座の構築を試みるための試論である。

既存の研究では、植民地体制を構成していた地位や役職から着想された「ハウカ」と呼ばれる「白人」の精霊のグループは、その信奉者たちが当時の政治体制から敵対的とみなされたという歴史的コンテクストとの関連で解釈されてきた。しかしこうした解釈にはバマコの実践者たちの認識には合致しない等の問題がある。実践者の視点を重視した視座の構築の試みとして、本論ではシステムの視点を重視するネオ・サイバネティクス論の基本的な考え方を参照して、実践者たちの経験や認識に応じて有意なものとなる精霊憑依の実践は、それをつうじて彼らが自身の認知世界を構成し続ける再帰的で自律的な過程としてとらえうると想定し、この観点から彼らにとってハウカがどのような精霊であり、重要な実践のコンテクストはいかなるものかを考察した。

ソンガイの世界観と事例の分析によって、彼らの世界観に独特な仕方で統合されているハウカは植民地体制下での出現という歴史的状況とは全く関連づけられていないこと、並びに、人とハウカの相互行為においては、実践者各自の精霊と霊媒との相互行為の独自の経験、及び人(ソンガイ)と精霊の間での社会関係とそれに付随する道徳性の類似を特徴とするソンガイの世界観に関するコンテクストがいかに重要であるかが明らかになった。これらのコンテクストは、実践者各自の実践の一貫性の確保とアクター(人と精霊)の間の様々な紐帯の形成に関与しているために、出身地、居住地区、精霊憑依の知識や経験に関して様々なソンガイ移民たちが実践を共にする都市環境において、いっそうの重要性を有していると考えられる。

かくして本論は、新しく出現した精霊に関して既存の研究が政治的状況などのマクロなコンテクストを重視して実践者の視点を軽視する傾向があったのに対して、実践者たちにとって有意なコンテクスを明らかにし、これらコンテクストが都市環境において有している意義を解釈した。それによって本論は、観察者の視点と実践者の視点に応じて異なるコンテクストを明確に区別し、実践主体にとっての意味と相関した主観的なものとしてコンテクストをとらえることで、より実践者の視点に即して精霊憑依の実践を理解する可能性を示すことができた。