総研大 文化科学研究

論文要旨

第20号(2024)

明治期「切附本」小考

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻 伊藤 美幸

キーワード:

切附本、切付表紙、草双紙、明治時代、地本問屋、実録

造本様式の変遷という観点から見た場合、切附本は中本型読本の末流に位置づけられ、明治期草双紙の版面様式を先取りした作品群とされる。そのため、従来、明治期草双紙の出現以前の切附本を対象として研究されることが多かった。ところが、明治期に出版された草双紙類の巻末広告をみると、地本問屋の商品のなかに「切附本」や「切附物」、或いは「切附~」と称される出版物が多数確認される。切附本を通して幕末・明治期の移行期の様相を明らかにするためには、こうした明治期の巻末広告にみられる「切附本」という語について検討する必要があると考える。

そこで本稿では、明治期における「切附本」という語について検討し、具体的にどのような出版物を指していたのかを明らかにする。

まず、明治十~二十(一八七七~八七)年頃の巻末広告を版元別に整理した結果、地本問屋の共通認識として、木版・銅版・活版などといった印刷手法を問わず、切付表紙をもつ都々逸や端唄等の音曲関連書、並びに実録種の安価な草紙類を指して「切附本」と呼称することが確認された。特に、「切附」という語が一代記・敵討・実録のような言葉とともに使用されていることは注目に値し、実録の筋を紹介する安価な読み物という点で、切附本のなかに幕末・明治の両時代をまたぐ共通点を見出せると考える。

また、用例と実物とを照合させると、明治期の切附本は上下巻二冊読切で全丁絵入り、一冊の丁数は九丁及び十丁を基本とし、鮮やかな赤や紫色が目立つ摺付表紙(切付表紙)であることがわかる。形態的な特徴を考慮すれば、明治期の切附本は「草双紙」、或いは「合巻」と呼ぶべき一群である。しかし、当時の浮世絵師の証言をみると、近世の流れを汲む合巻(草双紙)と明治期の切附本とは、絵の重要度で異なる商品であると認識している。

明治二十年以降に関しては、明治十年代と比べて広告などに「切附本」という語を掲げるものが顕著に減っているため、主に当時の回想記から用例を検討した。雑誌や講談本の隆盛に伴って、洋装仮製本を意味する名称として切附本が認識されており、「切附本」の語義が拡大した可能性を指摘できる。

明治期の切附本はジャンルを形成しうる数量と特徴を有する。今後は、明治期の草双紙全般を対象として、合巻と切附本との認識的な差違を検討する必要があると考える。