総研大 文化科学研究

論文要旨

第20号(2024)

『定家卿筆道』の著述内容とその意義

総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本文学研究専攻 福原 真子

キーワード:

定家様、藤原定家、定家卿筆道、定家卿筆諫口訣、入木道書、書道、茶道、小堀遠州、冷泉家

「定家様」と称される藤原定家(一一六二―一二四一)による印象的で個性的な文字造形は、中世期においては定家の子孫や一部の門弟達によって継承されていたが、桃山時代から江戸時代にかけて、その枠組みをこえて広く享受されるようになる。この「定家様」を記すための書法について記された唯一の古典籍が、『定家卿筆道』『定家卿筆諫口訣』などと称される一連の写本である。江戸時代に写本が繰り返し行われており、近世期における「定家様」受容の歴史とその広がりに関する希少な資料であると言える。

しかし、定家に仮託した偽書であるという認識により、詳細な検討は行われてこなかった。本文内容についても、全体を見わたした上での判断とは言い難く、本書に対する評価には再考の余地があるように思われる。

そこで、現存諸本の調査結果を示し、その本文異同を確認した上で、東京国立博物館蔵本を底本とした翻刻を行い、釈文と現代語訳を示す。次いで、従来まったく検討されることのなかった原本に付されている挿図も含めた内容の明確化を試みる。図が併記された項目については翻刻に添えた。さらに、国文学研究資料館蔵本『定家卿筆諫口訣』二冊の挿図を全て記載し考察に含めることで、現時点における他本の記載挿図も網羅した。

考察にあたっては、定家自筆資料に加え、その書法を受容した中世末期から近世初期の冷泉家当主による自筆資料と、本書成立に深い関係が考えられる小堀遠州(一五七九―一六四七)による自筆資料をあわせて参照した。

本文内容は、筆法を記した計一一項目から成り、大きく三つに分けられる。一―三項目は筆の使い方、四―九項目は点画の書き方、一〇・一一項目は文字構成の仕方となる。尚、一〇・一一項目は、後代に加筆されたものであると考えられ、東京国立博物館蔵本には記載がない。よって二項目が付加される伝本のうち、伝領経緯が明白であり、良質な本文と認められる国文学研究資料館蔵本を底本とした。

これらの手順を踏んで、各項目の記載内容について考察を試みた結果、『定家卿筆道』の著述内容は、具体的な書法が示されており、かつ「定家様」と称された文字の特徴を表現するための一定の有効性を持つと考えられる。ゆえに近世期の人々が定家様の書法をどのように捉えていたかを知る貴重な資料であると判断される。