総研大 文化科学研究

論文要旨

第20号(2024)

中部ジャワの影絵人形芝居における
女性演者の活躍

―2010年代後半以降における
ある男性人形遣いによる演出戦略―

総合研究大学院大学 文化科学研究科 比較文化学専攻 岸 美咲

キーワード:

インドネシア、ワヤン・クリ、女性演者、ダラン、シンデン

インドネシア中部ジャワの影絵人形芝居ワヤン・クリ(以下、ワヤン)では、2010年代後半以降、上演におけるリンブアンやゴロゴロ(物語の進行を一時停止して挿入される娯楽性の強い余興的な部分)で、女性歌手シンデンを歌って踊らせ、活躍させる演出を行う男性の人形遣い(ダラン)が急増している。さらに、女性のダランが男性のダランと共同でイベントを行う機会も増えており、人々から注目を集めている。

本論考では、キ・チャヒヨ・クンタディ(以下、チャヒヨ)の事例を取り上る。まず、彼がシンデンを目立たせる上演のスタイルを採用した意図や、演出の方法を明らかにする。さらに、彼が女性演者との協働にいかなる期待を寄せ、それらをどう語るのか検討する。また、演出の変化を通して、男女両方のダランとシンデンの、上演における役割や彼らの関係がどのように変化したのかを明らかにする。主な研究の方法はチャヒヨへのインタビューと上演の参与観察、YouTube上の動画の分析である。

1990年代に政党ゴルカルが大規模なワヤンの上演を主催し、リンブアンやゴロゴロにおいてお笑い芸人やロック音楽の歌手などのゲスト・スターを登場させる演出が流行した。2023年現在はその影響も残っているが、ゲスト・スターに加え、楽団のシンデンも立ち上がって歌い踊る演出が行われることに違いがある。

チャヒヨは他のダランの影響や、保守的な姿勢が観客に支持されなくなったことをきっかけに、2017年頃からリンブアンやゴロゴロの演出を変化させ、シンデンを押し出す演出を開始した。これは、彼にとっては仕事を獲得するための戦略であり、シンデンが踊りながら歌う演出、イスラーム歌謡、シンデンとの会話を取り入れるようになった。シンデンの上演中の演技に加え、彼はYouTubeの流行による衣装や動画のサムネイルも重視し、シンデンに観客を引き付ける効果を期待する。

加えて、チャヒヨは女性ダランとの共演や、彼女らをプロモーションする活動、相互の議論を行うなどして、女性ダランをサポートし、彼女らの活躍を促している。これらの活動は次世代の女性ダランの育成にもつながっている。

総括では、リンブアンやゴロゴロの長い時間をシンデンやゲスト・スターに明け渡してしまうことは、ダランとしての地位をダラン自身が貶めてしまうことにつながることを指摘した。近年の上演では、ダランがほかの演者から影響を受けることが増加しており、ダランと上演を作り上げる演者の関係性は変化してきている。シンデンは歌唱だけでなく、踊りや会話を行うという役割も求められるようになり、マルチな才能を身につけることが必要とされるようになった。