総研大 文化科学研究

論文要旨

第21号(2025)

文展期の婦人雑誌による女性の美人画鑑賞・制作の促進


―『婦人画報』と『婦人世界』を事例として―


総合研究大学院大学 文化科学研究科 日本歴史研究専攻 山本 由梨


キーワード:

美人画 文展 女性画家 婦人雑誌 美術趣味 女性鑑賞者


本論文では、文部省美術展覧会(文展)の開催期間(明治四十~大正七年)に発行された婦人雑誌が、女性による美人画の鑑賞と制作を促進したことを『婦人画報』と『婦人世界』を事例に検証する。


文展では美人画の人気が高まり、出品作品や作者が話題を呼んだ。特に日本画部の美人画が人々の関心を集めたことは、先行研究でも多数議論されている。


しかし、当時の美人画がどのような人々からの支持を得て、どのように享受されたのか、という点には未だ検討の余地がある。そこで、これまで稿者は、文展期において、女性たちが鑑賞・制作の両面から美人画を受容したことを、同時期に発行された婦人雑誌に基づいて明らかにして来た。本稿では、女性の美人画受容と婦人雑誌の関係についてさらに検証を重ね、女性たちが美人画を鑑賞し、制作したことの背景や要因について考察を深めた。


第一章では、婦人雑誌が読者に「美術趣味」の習得を推奨したことにより、女性の美人画鑑賞が促されたことを、浮世絵研究者の藤懸静也による『婦人画報』の記事を手がかりに考察した。良き家庭婦人の養成のために女性の美術趣味の修養を促進するという婦人雑誌側の狙いが背景となり、美人画は誌面で積極的に取り上げられ、読者に供給された。


第二章では、婦人雑誌における男性有識者の言論において、美人画こそが女性の美術制作の対象としてふさわしいと推奨されたことを明らかにした。しかし、その美人画を描くことも、あくまで家庭婦人のたしなみとしてなされることが要求された。女性による美人画の制作は、男性の考える女性の美術趣味、美術受容を逸脱しないことが期待されたのである。


第三章では、『婦人世界』が主催した読者応募型の企画「懸賞口絵」が美人画の投稿の場となり、読者に美人画制作を促したことを明らかにした。そこでは、女性名を騙った男性を含む投稿者によって、家事や芸事に勤しむ女性の姿が描かれた。懸賞口絵は、婦人雑誌の掲げた理想の家庭婦人像の、具体的なイメージを女性読者に普及する場としても機能していた。


以上によって、文展期において婦人雑誌というマスメディアが、女性に美人画の受容を促す役割を果たしたことを示した。女性による美人画の受容は、婦人雑誌が推進した、良妻賢母主義に根ざした家庭婦人の養成と深く関連しながら行われていたといえる。