HOME > 平成25年度活動状況 > 学生派遣事業 > 研究成果レポート
学生派遣事業 研究成果レポート

1.事業実施の目的
東南アジアの現代美術などに関する情報収集のための美術館等見学と文献調査
2.実施場所
熊本、福岡
3.実施期日
平成25年10月31日(木)から11月6日(水)
4.成果報告
●事業の概要
本研究調査では、フィリピン美術に関する博士論文執筆に向けての情報収集のため、フィリピン美術、および東南アジアの現代美術について、美術館での作品の実見と、美術館図書室での文献資料調査をおこなった。目的は、それらの美術作品が展示されている九州方面の美術館を見学することにより、比較研究の対象についての知識と理解を深めること、関連の文献収集を行うことである。
まず、フィリピンを含む近現代アジア美術に関して、次の美術館の展示にて作品を実見し、現代の美術家が歴史や文化をどう解釈し表現しているかについて情報を収集した。
1)熊本市現代美術館
「Welcome to the Jungle 熱々!東南アジアの現代美術」展(10月5日~11月24日まで開催)
この展覧会は、シンガポール美術館(SAM)の所蔵作品から、シンガポール、マレーシア、フィリピン、インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジアの8ヶ国、25人/組のアーティストの最近の10年間の作品が展示された企画展である。
テーマと内容は、「アーティストたちが自己や民族(あるいは国)の歴史やアイデンティティー、急激な都市の拡大、経済成長と摩擦、精神的あるいは宗教的問題といった切実な仮題を切り口に、伝統および非伝統的な素材や手法を用い、アートの限界を押し広げるべく挑み続けている実践を紹介するもの」(カイルディン・ホリ氏、同展図録より)とあるとおり、歴史や伝統をふまえつつ現代の問題について作品を通して発言するアーティストたちの試みが紹介されている。
例えば、フィリピンのロベルト・フェレオによる《バンタイの祭壇》という作品では、ルソン島の北イロコス地方で起きた「バシの反乱」という歴史上の事件(植民地時代の1807年、バシというサトウキビ酒を規制しようとしたスペイン人に対して現地の人々が武装蜂起したものの鎮圧された)を題材とし、植民地権力を表す白人や聖職者の像や、支配された側である先住民や労働者の像で構成されている。ここには、植民地支配への批判や、権力と闘った人々を通して、自国の歴史への作者のまなざしが見てとれる。
2)福岡アジア美術館
常設展の所蔵作品の見学と、図書閲覧室にて文献調査
福岡アジア美術館の図書室には、アジア各地の美術に関する豊富な文献が所蔵されている。現地で限定的に少ない部数しか発行されていない文献など、日本国内ではここにしか所蔵されないもの、また現地でも現在は入手が難しいものなどの貴重な資料も含まれる。
フィリピンの美術の歴史について、植民地時代の西洋美術の移植から現代の美術に至るまでに関する様々な文献を閲覧した。その中には、フィリピンで出版されたものだけでなく、ヨーロッパやシンガポールなど他の地域で出版されたもの、また部数が少なく現地ではもう入手できないものなど、わたしがこれまでフィリピンでの調査でも見たことのなかったものもあり有意義であった。
そのほか、近代以前の時代のアジアにおける西洋美術の移植と受容に関して、キリスト教美術の受容の例として、次のような博物館とそこに展示される資料を見学した。フィリピン美術を考察する上では、植民地時代の西洋の影響を抜きに考えることはできず、比較対象として同時期のアジアの他地域(日本など)との関連のなかに位置づけることが必要だからである。
1)天草の博物館(サンタマリア館、天草ロザリオ館、天草コレジヨ館、天草キリシタン館)
16~19世紀のアジアにおけるキリスト教美術の受容・変容の比較対象として、天草の複数の博物館に収められているキリシタン遺物を、マリア像などの聖画像を中心に見学した。
禁教のあった日本におけるキリスト教美術の受容の有様は、植民地化されたフィリピンとは異なり、また、一見した印象では展示資料に来歴等の検証が必要なものも含まれているため、比較して即座に何かが言えるわけではないが、今後の検討課題を得ることができた。
2)西南学院大学博物館
「日本信仰の源流とキリスト教-受容と展開、そして教育-」展(11月1日~12月21日まで開催)
展示を見学し、展覧会図録など博物館発行の文献資料を入手した。展示では、日本のキリシタンや近代のキリスト教に関する資料だけでなく、アジアにおけるキリスト教の参考資料として、フィリピンのマリア像や聖人像が含まれていたのを見ることができた。
●本事業の実施によって得られた成果
本事業の実施によって得られた成果は、美術館を訪れ作品を実見することにより、上述のような現代アートシーンの傾向や特色、背後にある歴史などについて情報を収集できたことである。また、文献調査によって必要なデータを得ることができた。
博士論文研究にとっての意味は、美術作品をより多角的に考察するために必要な視点とデータを得られたことである。得られたデータは、博士論文だけでなく、それに関連する学内外での研究発表に盛り込むことができる。そのほか、申請者が今後、フィリピンの美術に関して一般向けに執筆・講演などを行う上でも、そこで紹介する事例や写真に、今回の調査成果を用いることができる。
●本事業について
文化科学研究科リサーチ・トレーニング事業は、学生にとって、博士論文執筆のために国内や海外での調査を行う上で、必要な交通費や宿泊費が支給されるという面で、とてもありがたく役立つものであると思う。