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学生派遣事業 研究成果レポート

黄 昱 (日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

 和漢比較文学会第六回特別研究発表会にて口頭発表、「日中韓シンポジウム東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」に参加および中国泉州の宗教文物・遺跡の調査

2.実施場所

中国西安賓館(西安)、中国華僑大学(泉州)ほか

3.実施期日

平成25年8月29日(水)から9月11日(水)

4.成果報告

●事業の概要

 和漢比較文学会第六回特別例会にて研究発表を行った。和漢比較文学会は、日本国内で例会と大会を主催するほか、年に一回、中国の西安と台湾で国際シンポジウムの形式で特別例会を主催している。今年は六年目の開催となり、西安の西北大学と共催で、西安賓館に会場を置き、8月30日と31日に研究発表会を行った。プログラムは以下の通りである。
日時:2013年8月30日(金)
場所:西安賓館(中国西安市長安路北段58号)
【午前】
開会挨拶
≪特集:文事の諸相≫
黄昱(総合研究大学院大学・院):漢訳される『徒然草』の一方法―近世期兼好伝との関わり―
王暁瑞(総合研究大学院大学・院):正岡子規の好尚―橘曙覧歌の読まれ方から考える―
陳可冉(四川外国語大学):異彩の伶人―林鵞峰の弟子狛高庸について―
【午後】
≪特集:大江匡衡≫
呂天雯(早稲田大学・院):大江匡衡「早夏観曝布泉」詩の李白受容について
木戸裕子(鹿児島県立短期大学):栗田障子詩再考 女子教育としての漢籍受容
≪特集:術学・方技の世界―医学≫
馬耀(日本女子大学・非):願文における仙薬に関する表現の変化―『江都督納言願文集』を中心に―
山下琢巳(東京成徳大学):高井蘭山『淫事養生解』と中国日用類書―「十月胎形図説」をめぐって―
≪特集:術学・方技の世界―観相≫
三田明弘(日本女子大学):『太平広記』観相説話の分析
相田満(国文学研究資料館・総合研究大学院大学):騎馬武者像再考―西川祐信『絵本武者備考』を起点に観相の視点から考える―
実行委員会委員長挨拶
日時:2013年8月31日(土)
場所:西安賓館(中国西安市長安路北段58号)
【午前】
≪特集:菅原道真と交隣≫
佐藤信一(白百合女子大学):『菅家後集』の「琴」
廖栄発(北京外国語大学・院):鴻臚館における「華夷思想」と「文章経国」
藏中しのぶ(大東文化大学):供養の東西―西安から敦煌・日本へ―
【午後】
≪特集:表現の背景に潜むもの≫
梁丹(九州大学・院):『落窪物語』における漢籍受容の一考察―「閔子騫譚」との比較を中心に―
金中(西安交通大学):「西山夕陽」考―古今集204番歌の定家密勘をめぐって―
≪特集:小説・戯曲の交歓≫
山下則子(国文学研究資料館・総合研究大学院大学):歌舞伎『お染久松色読販』と読本―『今古奇観』第29話の影響―
堀誠(早稲田大学):「城狐」と「狐媚」と文学と―日中比較文学の一視座―
≪特集:白楽天≫
長谷部剛(関西大学):関西大学図書館蔵『白氏文集残巻』について
丹羽博之(大手前大学):白居易「売炭翁」と阪井華「売花翁」
髙兵兵(西北大学):兼明親王の閑適生活と白居易―『本朝文粋』の作品を通して―
閉会挨拶
 二日にわたる研究発表会において、日本と中国の日本文学の研究者と大学院生がそれぞれの研究成果について報告し、会場に活発な討論が行われ、お互いに幅広い学術的な交流ができた。
 また、学会の前後の滞在時間を利用して、西安の碑林博物館、西北大学図書館の古籍陳列室、則天武后の乾陵、法門寺、漢武帝の茂陵などを見学し、日本の古代文化にも多大な影響を与えた中国の貴重な文献・文物を実際に見ることができ、大変勉強になった。
 9月2日から、中国福建省の泉州市に移動し、9月4日に開催された「日中韓シンポジウム東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」に参加するほか、午前の部の研究発表について日本語と中国語の通訳もした。こういう学術的な発表を通訳するのは初めてであり、大変有意義な経験になった。シンポジウムのプログラムは以下の通りである。
日時:2013年9月4日(水)
場所:華僑大学泉州キャンパス(中国福建省泉州市城華北路269号)
【午前】
開会挨拶
第一場
相田満(国文学研究資料館・総合研究大学院大学):生き物供養に見る日本人の自然観
堀誠(早稲田大学):日本における西遊記をめぐって 開元寺によせて
徐華(華僑大学):漢魏文学における「以七命名」現象の信仰語境についての分析
三田明弘(日本女子大学):『南総里見八犬伝』と『太平広記』
劉守政(華僑大学):白玉蟾(『海琼問道集』)と道教文学
【午後】
第二場
黄文溥(華僑大学):中日言語の接触研究
高田智和(国立国語研究所):碑文と言語情報
魯成渙(蔚山大学校):韓国における供養と日本における供養をめぐって
姚文清(華僑大学):文化伝播者としての一山一寧についての試論
胡連成(華僑大学):近代国民精神の模範の創出―二宮尊徳と修身教科書、銅像―
第三場
梅川通久(東京外国語大学):自然の相互作用の多元的アプローチへの情報学的一手法
黄海徳(華僑大学):六十甲子霊籤の文学性と宗教性
山下琢巳(成徳大学):十三仏供養と「十月胎形図説」
高野(屋代)純子(総合研究大学院大学・院):田山花袋の翻訳・翻案作品における「自然」表現について
範正義(華僑大学):閩南民間信仰の内包と特徴
 また、泉州は「宗教の博物館」と言われる程、佛教・道教・イスラム教・キリスト教・民間信仰など宗教関係の古跡が融合した形でたくさん残っている。泉州での滞在時間を使用し、占い信仰が盛んな泉州の観相実態を調査し、関帝廟・清浄寺・府文廟・天后宮・白狗廟・泉州市博物館・泉州市海外交通史博物館などの遺跡・博物館を見学した。宋元時代に「東方第一大港」と言われ、文化の輸出が盛んな町である泉州の現地調査を通して、日本中世以降の文化に大きな影響を与えた中国宋元時代の宗教の様態について大変勉強になった。

●学会発表について

題目:漢訳される『徒然草』の一方法―近世期兼好伝との関わり―
概要
 和文脈の『徒然草』を漢訳した作品は、江戸時代に少なからず見られるが、その中に『蒙求』に倣い、日本人が書いた異種『蒙求』という作品群の存在は興味深い。啓蒙性・教訓性の強い書物である異種『蒙求』に『徒然草』の説話と作者兼好についての逸話が少なからず取り入れられている。近世期には、兼好の伝記がいくつか作られたが、その多くが偽伝であることは既に今の研究によって明らかにされた。しかし、当時にはこれらの伝記はそのまま信用され、今とは違う、当時の兼好像の形成に大きな影響を与えた。たとえば、川平敏文氏によって明らかにされた、兼好は志を持つ人であるが、乱世の世情を憤って『徒然草』を記したという「兼好発憤説」や、兼好は南朝の忠臣であり、いわゆるスパイとして働いたという「兼好南朝忠臣説」などである。また、南朝との深い関係を示しながら、兼好が木曽に庵を結んだ隠者であることが、『吉野拾遺』に見られ、それ以来、近世期の兼好伝に受け継がれてきた。本発表は、日本における異種『蒙求』の主なもの十一種類を調査した。その中に、『本朝蒙求』、『扶桑蒙求』、『皇朝蒙求』、『瓊矛余滴』、『日本蒙求続編』の五書に兼好伝記関連の話が取り入れられている。これらの異種『蒙求』が和文脈の『徒然草』を漢文脈の『蒙求』に取り入れる時、当代流行の人物伝記類の書物や、先行する異種『蒙求』から引用し、また、近世期における兼好の、南朝の忠臣であると、隠者であるとの二つの人物像から影響を受けたことが確認できる。
質疑応答の場でいただいたご意見
金中先生より
 各種の異種蒙求の間に影響関係が見られるが、異種蒙求が影響を受けた『本朝遯史』や『大東世話』、『大日本史』などの人物伝記の間にも影響関係があるのではないか。
山下琢巳先生より
 「南朝忠臣説」は具体的にどのようなものか。近世期における兼好の人物像形成の問題と当時の歴史と関連して考えてみたら、もっと面白い問題になるのではないか。

●本事業の実施によって得られた成果

 和漢比較文学会第六回特別例会発表の際に頂いた意見を活かして、発表の内容を膨らませ、雑誌論文として投稿した上に、博士論文の一章として取り入れる予定である。
また、現地調査と学会・シンポジウムの参加を通して、普段見られない文献資料・文物遺跡などを目にすることができ、他大学、他国の先生方・学生たちと学術交流・意見交換ができ、視野を広げ、研究を続けていく上にとても良い経験となった。今回学んだことをこれからの研究にも活かしていきたい。

●本事業について

 今回は初めて文化科学研究科学生派遣事業に参加しました。本事業は大学院生が研究を進めるための資料収集・学会参加を支援するものです。今回は本事業に参加することによって、経済的に困らずに、海外での研究発表と現地調査ができたことについて、大変有り難く感じています。学生の身分で、学校からの費用の支援で学術交流のイベントに参加する機会を頂くことは、ほかの大学ではあまりないことであり、総研大の大きな魅力のひとつだと思います。