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学生派遣事業 研究成果レポート

緒方しらべ(比較文化学専攻)

1.事業実施の目的

博士論文のリバイス、及び製本・出版に向けた最終現地調査

2.実施場所

アメリカ合衆国ニューヨーク、ワシントンD.C.

3.実施期日

平成26年3月19日(水)から3月26日(水)の8日間

4.成果報告

●事業の概要

 ACASA(Arts Council of the African Studies Association)の第16回トリエンナーレ・シンポジウムでのパネルセッション「Rethinking Methodology of African Art History for Productive Knowledge(パネルの題目)」で、「An art historical approach to the work of those who call themselves ‘artist’: Creativity in Ile-Ife(発表の題目)」を発表した。このパネルはナイジェリアのデルタ州立大学(Delata State University)美術学部教授のオサ・エゴンワ氏(Osa Egonwa)によって召集され、アフリカの美術史をどのように語ることができるかという問題を、新たな方法論を模索しながら再考しようというものであった。
 パネルセッションには、エゴンワ氏と緒方のほか、南アフリカのヨハネスブルグ在住の南アフリカ美術史専門の研究員(University of the Witwatersrand)のジリアン・カーマン氏(Jillian Carman)が参加した(ナイジェリアからもうひとり参加の予定だったが、事情により欠席となった)。また、コメンテーターとして、ナイジェリアのクロスリバー技術専門大学(Cross River University of Technology)のブラッサム・エナメ氏(Blossom Enamhe)も参加した。
 エンゴンワ氏は、アフリカ美術が、現地の人びとにとっての機能、美的感覚、目的などを切り離して語られがちであるということを批判し、そうした社会的価値や文脈とともに語られるべきであることを主張した。これについて会場からさまざまな意見が寄せられたが、私自身は、この点に注目した議論はすでに1950年~60年代より欧米を中心になされてきたことを考えると、エゴンワ氏の現在の主張とそれがどのように違うのか、これまでの議論と実践で足りない部分はどこなのかをより明確にする必要があると考えた。
 カーマン氏は、アパルトヘイトという「特殊」な制度のもとで展示が行われてきた南アフリカにおいて、美術館・美術史にキュレーター・研究者としてかかわってきた「白人」の南アフリカ人という立場から」、今後どのような展示・語りが可能であるのかを考えようとするものであった。とくに、自身をアパルトヘイトの実施以降4世代目だと考え、アパルトヘイトの歴史と現在を認識しながら展示と語りのあり方に向き合おうとする姿勢は、美術史の語り手・構築者としての自己を明確にする作業として説得力のあるものであった。また、アフリカ美術という大枠に対して、アパルトヘイトの歴史をもつ南アフリカにおける美術史の特殊性についても改めて考えさせられた。
 このセッションのほか、ナイジェリア南南部(産油地帯)における美術のつくり手(アーティスト)たちが報告する作品と産油地帯の現状との関係、ナイジェリアの同時代美術をアートディーラーや批評家やキュレーターの存在とともに考察する研究、アフリカにおける美術の展示、収集、アーカイブについてのセッション・発表を聴くことができた。
 また、ワシントンD.C.のスミソニアン・インスティテユーションにある国立アフリカ美術館を観覧し、同美術館内のワレン M.・ロビンズ図書館で、日本では入手不可能な(世界で同図書館のみ一般貸出用として所蔵している)文献(Oritemata Proceeding, 1991, Moyosore B Okediji, Dept. of Fine Arts, Obafemi Awolowo University.)を閲覧・複写することができた。また、一部イレ・イフェの大学に所蔵してあるが、すべてそろっていない文献(Kurio Afrikana, 1989~1997, Moyosore B Okediji (eds), Dept. of Fine Arts, Obafemi Awolowo University)も複写することができた。同美術館の展示については、「伝統的な」作品と「近代的な」作品および「現代美術」も同じ空間に展示するという工夫はなされていたものの、やはり、米国立のアフリカ美術館において、エキゾティシズムやプリミティヴィズムを思い起こさせる展示が主流であることを確認できた。

●学会発表について

 私自身の発表、「An art historical approach to the work of those who call themselves ‘artist’: Creativity in Ile-Ife」では、つくり手(アーティスト)の視点に注目すると、研究者やキュレーターとしてアフリカ美術にアプローチする際とは異なる美術/「アート」のあり方が見えてくる、ということを、2003年から2012年にかけてのフィールドワークの成果(および博士論文の概要)として発表した。ほかのセッション・発表を聴く、またはプログラムで確認する限り、このような視点・アプローチでアフリカ美術について考察するものは今回のシンポジウムでは見られなかった。それだけに、パネリストやコメンテーター、そして会場からどのような反応があるのか興味深かった。
 しかし、私の発表に寄せられた質問は、内容の事実確認に関するもののみで(かつてイレ・イフェに住んでいたアーティストから、1970年代のワークショップの詳細やその参加アーティスト、また、私が発表でふれなかったアーティストについて補足説明があった)、議論の核心を突くコメントはなかった。このことは、私のプレゼンテーションの方法(構成やアピールの仕方)に問題があったことを示唆するものであった。日本で行う発表と同じ方法で伝えることは適切でなかったことに気づかされた。やはり、欧米を対象にする場合、つまり、欧米でほとんど議論されていないことをテーマにしている場合は、そのテーマを等閑視している人たちに届くよう、プレゼンテーションの仕方に工夫が必要である。また、会場にいた人のほとんどは人類学者ではなく美術史家、作家、コレクター、ディーラーであったことも、今後の発表の方法を考えるうえで重要なポイントとなった。
 今回は、日本はもとより、アジアから唯一の参加者であったこともあり、議論の核心ではなく、「日本の若い人(博士号をとりたての人)にもアフリカ美術を研究している人がいるのか」「はるばる極東からよく来た」「理路整然とし、時間内にきちっと終わる良いプレゼンテーション」といった感想がほとんどであった。この学会での初めての発表だったということもあるが、本当に、初めの一歩を踏み出したにとどまった。やはり、議論が盛り上がる発表になるよう努める必要があると感じた。

●本事業の実施によって得られた成果

 まず、アフリカ美術研究をリードする国際学会で私の研究成果を発表できたことは、大きな一歩となった。日本の人類学やアフリカ研究の学会での研究成果発表ももちろん重要だが、アフリカ美術という、欧米で生まれ、欧米でリードされている学問領域に私の研究が大幅に重なっている以上、この学会(ACASA)で発表し、各国の研究者・関係者からのフィードバックを得ることは、この研究を進めていくうえで必要不可欠なプロセスである。3年に一度開かれるこの研究大会(シンポジウム)に向けて、今後もひきつづき準備していく必要性を改めて感じた。また、その際、日本の人類学者に対しての発表とは異なる方法、つまり、欧米のアフリカ美術研究者たちを対象とした発表の方法、的の絞り方を見つけなければならないことも、今回の私の発表に対する反応によって気づくことができた。
 私が参加したセッションのほかにも多くのセッションが行われており、発表時間・移動の都合上すべて聴くことができなかったのは残念だったが、プログラムで各テーマや発表の詳細を確認できたこと、また、各国からの発表者と交流できたことは非常に有意義であった。特に、いま、欧米のアフリカ美術研究界でどのような研究が行われており、何が注目されているのか、ということを発表者とオーディエンスの数や反応の両方から垣間見ることができ、自分自身の研究の位置づけについて考えることができた。
 4日間で53のセッションが行われたが、そのうちナイジェリアにフォーカスをあてたセッションは4つ、発表は15以上であり、最多であった。日本においては、ナイジェリア美術はもちろん、ナイジェリア研究自体まだまだ少ないが、欧米およびナイジェリア国内では、研究の対象としてもっともホットでポピュラーな地域であることがわかった。欧米およびナイジェリア国内のナイジェリア美術研究に対して、自分の研究がどのように貢献できるのかということについて、改めて考える機会となった。
 スミソニアンで収集した資料については、博士論文の第1章を補強するうえで非常に訳に立つものであった。また、同美術館を訪れ展示内容と展示方法を知り、私が博士論文で記述・考察したアートと比較・対照させて考えることができた。博士論文の出版に向けてこの部分を重点的にリバイスすることができた。



※この研究成果レポートは、みんぱくホームページに公開します。本研究成果レポート及びホームページに掲載可能な研究活動風景を紙媒体及び電子媒体(e-mailもしくはCD)にて研究協力係までご提出ください。