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学生派遣事業 研究成果レポート

佐々木比佐子(国際日本研究専攻)

1.事業実施の目的

斎藤茂吉と中林梧竹の肉筆資料および書跡の調査

2.実施場所

斎藤茂吉記念館(山形県上山市北町字弁天1421)
宝泉寺(山形県上山市金瓶字北165)

3.実施期日

平成25年11月29日(金)から12月1日(日)

4.成果報告

●事業の概要

 山形県上山市の斎藤茂吉記念館を訪ねて、斎藤茂吉が少年期に学んだ書および画、また青年期の書簡等の肉筆資料を閲覧し、茂吉の学んだ書とその筆法および書風等の確認を行なう事を目的とした。
 今回は、茂吉が書を学び始めたとされる明治24年(9歳)から、第一高等学校入学の明治35年(20歳)までを調査の範囲とした。この時期の資料を閲覧させていただき、茂吉の墨書における筆法がどのようなものであるか、明治期に清国から伝わった「北派の書法」の影響はどの程度窺えるのかという点に重きをおいて調査を進め、これにより六朝書道という名称でも謂われる「北派の書」が、少年期から青年期にかけての茂吉にどのような影響を及ぼしていたのかという様相の一端を窺った。
 本年の4月から6月にかけて神奈川近代文学館において開催された「茂吉再生―生誕130年斎藤茂吉展―」の図録をもとに、以下の資料の閲覧を申請した。「中林梧竹片仮名字帖」、「梧竹臨写帖」、「小学習画帖」、「証書」(軍功証書)、守谷富太郎(兄)宛書簡。
 11月29日午後、斎藤茂吉記念館事務局次長の村尾二朗氏にお会いして、茂吉研究の現況等を伺った。茂吉の書画に関する研究上の注意点等、心がけておくべき貴重なご助言をいただいた。また、「収蔵品目録」を閲覧させていただくことが叶い、これは今後の調査のために大きな進展であった。
 11月30日は、斎藤茂吉記念館の定例歌会準備のため記念館の意向に従い、調査は午後から開始する事となった。午前中は、上山市金瓶の宝泉寺に伺った。斎藤茂吉と佐原窿應和尚の墓所が、ここに並んであった。茂吉の墓は茂吉自らの書によるもので、窿應和尚の墓は中林梧竹の書によるものであった。また山門の額は佐原窿應和尚が明治20年代に、書家中林梧竹に揮毫を依頼したものである。
午後は、斎藤茂吉記念館館長の秋葉四郎氏によるギャラリートークを伺った。閲覧を申請した小学習画帖と「証書」(軍功証書)は展示中の資料であったが、このギャラリートークにおいては茂吉の卓越した表現力を示すものとして説明された。閉館まで僅かな時間ではあったが、中林梧竹片仮名字帖、梧竹臨写帖を閲覧。中林梧竹片仮名字帖に、今迄知られていない事の記載が認められる丁を発見した。
 12月1日は、中林梧竹片仮名字帖の書誌を取り、守谷富太郎(兄)宛書簡を閲覧する。これら書簡に見る茂吉の書法は、まぎれもない「北派の書法」を窺わせる。今後、これらの検証を試みたい。

●本事業の実施によって得られた成果

 今回の調査における成果としては、先ず第一に、斎藤茂吉が少年期に学んだ書「中林梧竹片仮名字帖」のなかに、未見の識語を見出したことである。中林梧竹による識語と斎藤茂吉による識語である。「中林梧竹片仮名字帖」は神奈川近代文学館における「茂吉再生―生誕130年斎藤茂吉展―」の展示品であったため、この件に関しては私と斎藤茂吉記念館の村尾二朗氏と神奈川近代文学館の渡辺恵理氏との三者間での確認を経て、また更なる確認の為、現在の中林家のご当主中林秀利氏と、「梧竹の会」の森田和雄氏にも問い合わせをした結果、二つの識語は未見の識語として認められた。
 この「中林梧竹片仮名字帖」は、山上次郎著『斎藤茂吉の書』(1969年)では「原本の所在は不明」と記載されている。今回発見の、茂吉の識語によれば、この帖は、斎藤茂吉が佐原窿應和尚の遺品として秘蔵していたものであった。茂吉の死後、長男斎藤茂太氏が蔵しその茂太氏の亡きあと遺族から斎藤茂吉記念館に寄贈されたという経緯をもつ。
 梧竹の識語は「窿応上人属臨鳴鶴書梧竹」というもので、つまりこの梧竹の片仮名字帖は日下部鳴鶴の書の臨書であるということを示している。窿応和尚が梧竹に、この臨書を依頼したのであった。日下部鳴鶴は、中林梧竹と共に「北派の書法」を明治の日本に伝え広めた書家である。これらの事実を検討し、博士論文「斎藤茂吉の近世学芸享受」の第一部「茂吉における書」の執筆に生かしたい。
 第二の成果としては、斎藤茂吉記念館の「収蔵品目録」を閲覧させていただいたことである。今後の研究を更に進めるためにも、これは大きな進展であった。

●本事業について

 文化科学研究科学生派遣事業により、旅費等の支給をいただいて遠方への調査が負担なく進める事が出来ますことは、学生にとって大変ありがたく思います。現地調査によらなければ見えてこないものは確実にあり、そこで得た成果は、必ずや研究発表および論文執筆に結実させたいところです。
 博士論文執筆を進めるうえで、本事業により調査が無理なく可能となり、たいへん助かります。