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学生派遣事業 研究成果レポート

佐々木比佐子(国際日本研究専攻)

1.事業実施の目的

徳島県立文学書道館における「没後100年中林梧竹展」観覧・講演聴講
神戸市立博物館所蔵の長崎絵画および長崎版画の閲覧・調査

2.実施場所

徳島県立文学書道館
神戸市立博物館・神戸市文書館

3.実施期日

平成26年2月22日(土)から2月27日(木)

4.成果報告

●事業の概要

 2月22-23日は、徳島県立文学書道館における「没後100年中林梧竹展」を見学した。23日は、森哲之氏(広島文教女子大学准教授)による記念講演「中林梧竹没後百年の書の美―臨書と書表現の特質―」を聴講しそのあと引き続き、同氏による展示解説を伺った。中林梧竹没後100年を記念して、一昨年から新潟、佐賀、成田でそれぞれの企画による展覧会が開催されてきたが、今回の徳島での展示はその締めくくりとなる展覧会である。徳島県立文学書道館に収蔵される梧竹作品は、かつて東京世田谷に梧竹堂を建ててその紹介顕彰につとめた海老塚四郎兵衛氏の一大コレクションであり、往時斎藤茂吉も通って見学した作品群である。茂吉が随筆等に述べている梧竹作品「恬筆以前」、また「梧竹手控帖」を、今回の展示において確認することが出来た。展示は、梧竹の生涯にわたる書の学びの過程を示すもので、特に「中国書法との邂逅Ⅰ―師・林雲逵―」、「中国書法との邂逅Ⅱ―師・余ケイ(元眉)―」、「清国へ―師・潘存―」とまとめられた展示は、41歳から58歳までの期間に、梧竹が中国書法と出合い書の学びを究めていった過程を明らかにするものであり、現在の梧竹研究におけるひとつの達成をみる思いがした。
 24日は徳島市から神戸市へ移動した。25日は、神戸市文書館を訪ねて、以前は池長南蛮美術館であった建物内部を見学させていただいた。その後、旧池長孟邸紅塵荘を外観のみ見学した。(旧池長孟邸紅塵荘は現在医療施設として使用されているため。)これらの建物は、今は神戸市立博物館に収められている南蛮美術コレクションを形成した池長孟ゆかりの戦前の建築物であり、池長孟の美術コレクションはこの場所において戦災から守られてきた。26日は、神戸市立博物館を訪ね既刊の図録や研究紀要を拝見し、翌27日は、閲覧を申請した長崎絵画と長崎版画を見せていただいた。利用させていただいた資料名は以下のとおりである。「獅子戯児図(沈南蘋)」、「鷹図【諸家合作扇面画帖のうち】(沈南蘋)」、「HOLLANDER」長崎版画三種。学芸員の石沢俊氏から、沈南蘋作品について解説を頂いた。また長崎版画「HOLLANDER」は、斎藤茂吉が長崎医専の教授であった時代、学生たちと発行した文芸雑誌『紅毛船』の表紙に用いられていたものと同図であった。

●本事業の実施によって得られた成果

 斎藤茂吉が少年期から影響を受けた書家中林梧竹の作品に直接当たることにより、茂吉と梧竹の関係性の理解を深めることを目的として、今回徳島県立文学書道館における「没後100年中林梧竹展」を見学した。茂吉の随筆等に書かれている梧竹作品そのものを実際目にすることは、図録等の写真資料を介しての理解とは全く異なり、得難い研鑚の機会であった。展示の内容が、梧竹の書の学びの過程に従ってまとめられていたのは、梧竹に対する理解を深めてくれるものであった。なかでも、梧竹の中国書法の学びの段階がその師に関わって示されていた点において、大変興味深い展示であった。長崎での学習過程を経て、梧竹が清国に渡って出会った潘存という師による中国書法が、やがて明治の近代書道として、少年の茂吉に伝わるのであった。今回の展示で確認したことを手掛かりにして、さらに調査研究を進め、博士論文「斎藤茂吉の近世学芸享受」の第一部「茂吉における書」の執筆に生かしたい。
 また長崎研究の泰斗古賀十二郎との交流で斎藤茂吉が享受した長崎絵画鑑賞は、茂吉の歌論「短歌に於ける写生の説」の立論に何らかの影響を与えている可能性が高い。この絵画鑑賞体験は、東洋画に対する茂吉の認識に深く関わる事と考えられる。そこで、茂吉が鑑賞した長崎絵画を確認する手掛かりを得るため、神戸市博物館所蔵の長崎絵画を閲覧させていただいた。同館の南蛮美術コレクションは池長孟氏によるものであるが、当地において、池長氏のコレクションには、長崎の永見徳太郎コレクションが入っているということを知ったのは大きな収穫であった。永見徳太郎は長崎時代の斎藤茂吉と交流のあった人物で、茂吉は永見徳太郎邸でしばしば南蛮美術鑑賞の機会を持っていた。池長コレクションに含まれる永見コレクションを確認することから、茂吉が鑑賞した美術品を特定することが可能となろう。茂吉が長崎医専の学生たちと発行した文芸雑誌『紅毛船』の表紙に用いられていた長崎版画「HOLLANDER」は、後日の確認により、神戸市立博物館蔵の三点とは異版であることが確認された。但し文芸雑誌『紅毛船』の表紙に長崎版画が用いられていたということは、興味深いことである。ここから更なる調査研究を要するが、今回神戸市立博物館を訪ねることにより得た、幾つかの情報を手掛かりとして、博士論文第二部「東洋画論引用の歌論」を書き進めて行くことが出来る。
 研究の成果は、日本近代文学会にて発表、及び投稿、また一部分を鷗外研究会等で発表し、さらに『総研大文化科学研究』に投稿をする予定である。

●本事業について

 文化科学研究科学生派遣事業により、遠方への調査が負担なく可能となることは、大変有難いことです。現地に行かなくては分からないこと、また現地に行ったことで初めて得られることは想像以上に多いと実感いたします。本事業を活用させていただいた調査研究の成果は、書と絵画を中心とする近世学芸受容という側面からの、新たな斎藤茂吉研究の展開の契機になると考えています。学生にとりまして、本事業はきわめて有効な力強いサポートです。