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学生派遣事業 研究成果レポート

屋代(高野)純子(日本文学研究専攻)

1.事業実施の目的

1)西安市(中国・陝西省)における「和漢比較文学会第6回特別例会」聴講・現地調査活動への参加

2)泉州市(中国・福建省)で行われている観相や供養などの民間信仰の実態調査への参加

3)「日中韓シンポジウム 東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」(会場:華僑大学 泉州キャンパス)にて、田山花袋の翻訳・翻案作品における「自然」表現についての研究発表

2.実施場所

中国 陝西省西安市、福建省泉州市

3.実施期日

平成25年8月28日(水)から9月6日(金)

4.成果報告

●事業の概要

1)和漢比較文学会第6回特別例会の聴講・現地調査活動への参加


 陝西省西安市滞在期間(8月28日 入国~9月2日 福建省泉州市へ移動)、8月30日・31日の2日間、和漢比較文学会第6回特別例会の研究発表を聴講した。また、その前後の8月29日、西安碑林博物館における調査活動、及び西北大学博物館見学、9月1日、法門寺・乾陵における調査活動を実施した。

【和漢比較文学会第6回特別例会】
○開催期日:8月29日 研究交流会、8月30日・31日 研究発表会、9月1日 エクスカーション

主催:和漢比較文学会・西北大学日本文化研究センター
共催:西北大学国際文化交流学院・陝西省外国文学学会

 和漢比較文学会は、昭和58年(1983)、「日本古典と漢語文化圏の文学・文化の比較研究の進展」に寄与することを祈念し、設立された学術団体(学会公式HPより)である。今回聴講させて頂いた特別例会のプログラムは、以下の通りであった。
和漢比較文学会 プログラム

 中国・日本の研究者による学際的研究の成果である、漢籍受容の研究、日本文学の漢訳の研究、小説・戯曲のジャンルの越境、絵画の分析に関わる研究など、非常に幅広く多彩な内容の研究発表を聴講することができ、今後、自身の研究を進めていく上においても大変有意義であった。

【現地調査活動】
○実施日:8月29日、調査地:西安碑林博物館・西北大学博物館

 最初の調査地である西安碑林博物館は、敷地面積3万1900平方メートル、陳列面積4900平方メートル、収集文物1万1000余点を展示する、中国最大の室内石碑博物館である。漢代から清代までの歴代石碑の碑文を通じて、書道芸術の歴史を辿ることができた。また、石刻芸術室には、紀元2世紀から10世紀までの石刻芸術品90点余りが展示されており、収蔵されている陵墓石刻、宗教石刻は、中国における埋葬文化、仏教芸術の発展の歴史を示す、貴重な史料であった。
 次の西北大学博物館には、中国、韓国の文化史上、非常に重要な古典籍が多数収蔵されており、展示されている原資料について大学博物館の方から解説を頂くことができたことは、大変貴重な体験となった。また、近代の文献としては、1876年「点石斋画报」も展示されており、石印技術の西欧からの移入についても見識を深めることができた。

○実施日:9月1日、調査地:法門寺、乾陵

 最初の調査地である法門寺は、塔の下に「仏指舎利」を埋めて安置している、後漢に建立された寺院である。唐朝の皇帝たちが供養の度に賜った宝物の数々は、地下宮殿に収蔵されたが、寺院の破壊・再建が繰り返される中、所在不明になっていた。1986年、考古学関係者により、唐代の地下宮殿が発見され、以後、収蔵された文物の研究が進められた。展示されている文物には仏教の発祥の地であるインドと中国の関係を示す資料も含まれている。
 次の調査地である乾陵は、全国重点保護文化財に指定されている、唐の高宋李治と女皇武則天の陵園である。朱雀門の外には、石馬、石人など、多数の石像が立ち並び、中国南西一帯各国の首領の石像は、唐朝周辺諸国との往来が盛んだった時代を物語るものであった。

2)泉州市(中国・福建省)で行われている観相や供養などの民間信仰の実態調査への参加


 9月2日、西安市から泉州市へ移動し、9月3日に泉州海外交通史博物館、9月5日に白狗廟、天后宮、開元寺などで調査活動を行った。

○実施日:9月3日、調査地:泉州海外交通史博物館

 泉州は、宋元時代に「東方第一大港」と言われ、文化の輸出が盛んな町で、今もその面影が残っている。市内の泉州海外交通史博物館は、海外交通史をテーマとする博物館としては中国唯一のもので、「泉州海外交通史」「泉州宗教石刻館」「泉州民俗文化陳列館」「中国古代船模型館」の展示を通じて、海のシルクロードの起点となり、港の交易の盛んな泉州の歴史を辿ることができた。また、泉州には中国現存の最も古いイスラム教寺院である清浄寺があり、この泉州海外交通史博物館の展示資料にも回教徒の人々の墓碑が複数含まれていた。海上交易を背景に、多様な宗教・文化が移入され、発展してきた街であるということが、大変印象深かった。

○実施日:9月5日、調査地:白狗廟、天后宮、 開元寺、世界閩南文化展示中心

 この日の調査地である、明代に泉州に移住したスリランカの王子の子孫の家廟であり、ヒンドュー教の寺院である白狗廟, 南宋時代に建立され、東南アジア、台湾の多くの媽祖廟の祖となっている天后宮、南宋に建立された福建省最大の仏教寺院である開元寺においても、多様な宗教・文化が、この地に根付いていることを知ることができた。また、世界閩南文化展示中心を見学し、福建省南部の閩南地方を発祥地とする閩南文化とその歴史的展開について学ぶことができた。

3)「日中韓シンポジウム 東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」における研究発表


 本シンポジウム(邦題「日中韓シンポジウム 東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」、中国語の題名は「中、日、韓学術論壇『東亜文化与民族、宗教』」)の開催概要は、以下の通りであった。

○開催期日:9月4日

会場:華僑大学泉州キャンパス(福建省泉州市城華北路269号) 共催:人間文化研究機構「アジアにおける自然と文化の重層的関係の歴史的解明」サブ研究グループ「生き物供養から見る自然観の変遷」・総合研究大学院大学「戦略的共同研究支援事業」「観相資料の文学的研究」・日本学術振興会基盤研究(A)「和漢古典学のオントロジモデルの高次・具現化」・総合研究大学院大学文化科学研究科学生派遣事業・中国国立華僑大学
日中韓シンポジウム プログラム

日中韓シンポジウム プログラム

 中国・韓国・日本の研究者による研究発表が行われた、本シンポジウムに参加し、東アジアにおける人と自然、民族、宗教、言語に関する多角的なアプローチの手法を学ぶことができた。また、当シンポジウムへの参加を通じて、国際シンポジウムにおいて研究成果を伝えるための様々な方法についても、先生方のご発表から学ぶことが大きかった。

●本事業について

「事業の概要」3)に記した「日中韓シンポジウム 東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」の第三部にて、「花袋の翻訳・翻案作品における『自然』表現について」の題目で研究発表を行った。
 本発表は、田山花袋の翻訳・翻案作品の中で、東アジアの自然観の一端が反映していると考えられている部分を取り上げ、その再評価を試みることを主眼としたものである。
 田山花袋の「自然」概念については、柳父章氏によって「花袋の『自然を自然のまゝに書く』という主張は、(中略)『自然』ということばを、基本的にはnatureとしてではなく、伝来の日本語『自然』として考えていたのである。」(『翻訳の思想「自然」とnature』 昭和52・7 平凡社)と夙に指摘されているところであるが、それは、西欧文学からの翻訳・翻案作品にも痕跡を残していると考えられる。
 例えばnature(人間を取り巻く自然界、対象的外界)を観察し、その発展の様相をとらえていく点は、西欧文学・思想の影響を多分に受けていると考えられるが、そうした観察者となる作中人物が登場する翻訳『夕立』(明治23年)では、日本語への翻訳行為の中で「自然」の発展のしかたを、おのずから展開していくものとする表現が加えられている。また、翻案作品『村長』(明治34年)の中では、「自然」に人為を超えたものを見出す表現様式が、原作とは異なる、日本の近世古典籍の絵画表現に近似した形で現れる。こうした事象の根源には「東アジアの自然観」が認められると思われる。
 また、本発表では代表作『蒲団』(明治40年)が発表されて以降、大正期までに書かれた評論における「自然のコンポジション」についての言説や、そうした評論の中で漢詩の引用が行われたり、東洋の文学を再評価する記述が認められることにも言及した。
 田山花袋は少年時代、館林の旧藩儒吉田陋軒の私塾休々草堂において、四書五経、十八史略、蒙求、春秋左氏伝、唐詩選などを学んでいる(明治16年)。後に、桂園派歌人松浦辰男に入門(明治22年)し、和歌を学んだことと共に、漢文学との出会いは花袋の文学的素養の問題として重要であり、「自然」観形成にも影響を与えている。『蒲団』以降の評論にも引用が認められることから明らかであるように、西欧文学を受容し、明治期の新しい表現方法を模索していった花袋に、漢文学もまた長く影響を与え続けたことを考慮していく必要がある。
 発表後、シンポジウムにご出席の先生方より「花袋の翻案作品に、近世古典籍の絵画表現に近似する表現様式があらわれているという指摘は面白かった。」「natureと『自然』(中国の「自然的」に由来する)の比較に関する研究は大変興味深いと思う。」とのご意見を頂いた。また「後半の翻訳・翻案作品の研究成果の部分に焦点を当て、発表を行うのが望ましかった」という、発表の構成に関するご指摘も頂いた。貴重なご示唆を頂いたことに深く感謝し、研鑽を重ねていきたいと考えている。 発表資料

発表中の写真

●本事業の実施によって得られた成果

 今回の中国における調査活動は「供養」や「信仰」に深く関わる現地調査であったが、その調査地の文物には、本レポートの「事業の概要」で述べた通り、異文化交流に関係する貴重な資料が多数含まれていた。かつて長安の都がおかれ、歴史的文物が多数保存されている西安市、海のシルクロードの起点となり、海上交易を背景に、多様な宗教・文化が移入された歴史のある泉州市における調査活動に参加したことは、自身の博士論文研究において、翻訳・翻案作品の分析にあたり、異文化との邂逅の問題を考える上でも、大変有意義であったと考えている。
また、華僑大学において開催された「日中韓シンポジウム 東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」において研究発表を行った、花袋の翻訳・翻案作品の分析結果については、博士論文において更に検討を加え、論じていくことを予定している。

 なお、9月4日「日中韓シンポジウム 東アジアにおける人と自然の相互作用の多元的アプローチ」は「泉州晩報」(9月5日付)、9月5日の泉州市内調査活動中の取材は「東南早報」(9月6日付)、Web版「東南网」(9月6日配信)などの各メディアに掲載され、中国・韓国・日本の学術交流を広く伝えることに貢献することができた。

「泉州晩報」(9月5日付 第5面)
泉州晩報

泉州晩報

「東南早報」(9月6日付 A16面、A17面)
東南早報

「東南早報」(9月6日付 A16面、A17面)
東南早報

Web版「東南网」(9月6日 08:06配信)
東南网

●本事業について

 今回、文化科学研究科学生派遣事業の御支援を受け、中国で開催された和漢比較学会第6回特別例会の聴講、陝西省西安市・福建省泉州市における調査研究活動への参加、日中韓シンポジウムにおける研究発表を実現することができました。中国・韓国・日本の研究者の学際的研究の場に参加させて頂けたことに、大変感謝しています。