国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





岩井千恵子(地域文化学専攻)
 
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
   博士論文執筆のための最終現地フィールド調査
2.実施場所
  オーストラリア、メルボルン
3.実施期日
  平成18年2月3日(土) ~ 平成18年3月12日(月)
4.事業の概要
   海外フィールドワーク派遣事業により、2007年2月3日から3月12日までメルボルンに滞在した。メルボルン滞在中,市内の3つのアボリジニ教会、Aboriginal Evangelical Fellowship (AEF)、Aboriginal Catholic Ministry Melbourne (ACMM)、Barak Christian Outreach (Barak)の女性信者と各教会の支援者グループのネットワーク形成について、3年前のフィールドワークと比較しながら調査した。
 AEFメルボルンのアボリジニ女性信者は、他地域のAEF女性信者と毎年,集会を開いている。今回の調査期間中、集会や特別な活動は行われなかったので、他地域のアボリジニとのネットワーク形成については参与観察できなかった。しかし、AEFメルボルンが行っている毎日曜日夕方6時からの礼拝にはフィールドワーク中,ずっと参加した。信者数が減少したため,ほとんどの教会活動を中止しているので,AEFに対する主な調査は、礼拝の参与観察とアボリジニ信者への個別インタビューのみであった。AEFの男性牧師と2人の女性信者の自宅を訪問し、個別インタビューを実施した。インタビューではテープレコーダを使用し、約2時間、信者数減少の理由や、他地域のアボリジニとの最近の交流について聞き取りを行った。
 ACMMは非アボリジニからなる支援者グループを形成し、合同で様々な教会活動を行っている。ACMMは、この支援者グループと月例会を開いており、調査中も1回開催されたので、月例会での議論を参与観察した。月例会の前には,夕食が提供されるので,この時に支援者に話しかけ、この3年間の支援活動について聞き取り調査を行った。また、支援活動のひとつであるACMMのパンフレット送付のボランティア活動を一度、参与観察した。ACMMは、現在,月1回の礼拝を行っている。メルボルンに滞在中,2回礼拝を参与観察することができた。礼拝の後に開かれる昼食会でアボリジニ信者に話し掛け、彼らの最近の教会活動について聞いた。ACMM は、季節ごとに祈りの会を開催している。2月にも2回行われたので、これに参加した。ACMMのコーディネイター、アボリジニ信者を個別インタビューし、彼らと非アボリジニの支援者との関係などについて聞き取りを行った。
 Barak は、フィジー人女性牧師とアボリジニ女性牧師が主体となってつくられた教会である。フィジー人女性牧師はMillenniumという教会をフィジー人の夫ともに運営している。3年前のBarakの礼拝には,Millenniumから常に10人ほどのフィジー人が出席していた。しかし、今回の調査中は、フィジー人はBarakの礼拝には来なかった。そのため、Millenniumの礼拝に一度参加し、フィジー人と接触し、礼拝の後に,Barakとの現在の関係を聞き取り調査した。また、フィジー人牧師の自宅を訪問し,現在のMillenniumの活動などについて聞いた。Barakのアボリジニ牧師に対しても個別インタビューし,フィジー人との現在の関係やBarakの教会活動について聞いた。また、女性信者にも,インタビューしフィジー人との関係を聞いた。
 今回の海外フィールドワーク派遣事業で得た参与観察,アボリジニ,非アボリジニへの個別インタビュー,聞き取り調査などを元に各教会とその支援者グループの関係が3年間でいかに変化したか博論に記述していく予定である。

5.本事業の実施によって得られた成果
 博論のテーマは,都市におけるアボリジニ女性の教会活動であり,特にメルボルンにある3つのアボリジニ教会、Aboriginal Evangelical Fellowship (AEF)、 Aboriginal Catholic Ministry Melbourne (ACMM)、Barak Christian Outreach (Barak)の女性信者に焦点を当てる。2001年と2003年の2回,合計2年間、フィールドワークを実施し、これらの教会の女性信者の活動を調査した。3つの教会は半径500メートル内に隣接しており、それぞれの教会の礼拝に集まるアボリジニはわずか数人である。なぜ、この3つの教会は少ない信者でも長期にわたって(特にAEFとACMMは20年以上)大都市の中で存在してこられたのか。前回の調査でAEF、ACMM、Barakの女性リーダーたちが,自分たちの教会に合ったサポート的な役割をもつグループとネットワークを確立して,様々な支援を受けていることがわかった。
 海外フィールドワーク派遣事業により、2007年2月から5週間、メルボルンでアボリジニ教会について再調査できる機会を得た。このフィールドで各教会の女性リーダーがネットワークを駆使してどのように自分たちの教会の発展をうながしているかを焦点に調査する目的であった。前回の調査でネットワーク形成の為の資料が不足しているBarakを特に調査対象にする予定であった。しかし、今回のフィールドでもBarakのネットワーク形成についての資料を増やすことはできなかった。なぜなら、Barakと支援者グループのネットワークは消滅しつつあるからである。今回の調査で得た一番の成果は、「3つの教会がネットワークを駆使して発展している」という前回の調査から得た所見は短絡的であったということである。
 2003年の時点では、Barakは、フィジー人夫妻が運営しているMillenniumを母教会としているキリスト教グループとして活動していた。そして、MillenniumはBarakを経済的,精神的にサポートし、Barakの礼拝には,Millenniumから送られたフィジー人が常に出席していた。しかし、2007年現在、Barakの礼拝には,フィジー人は時折訪れるだけである。2006年にBarakはMillenniumから独立し、公式にアセンブリ・オブ・ゴットの一教会となった。MillenniumもBarakの独立を尊重し、教会運営をBarakに任せ、距離をおいてその運営を見守っている。現在、アボリジニ女性牧師の家族や親戚がBarakの主要な礼拝出席者である。Barakは、アボリジニをリーダーとする家族的な教会形成をめざしている。
 AEFメルボルンの女性信者は、AEFナショナル創設の1970年代より毎年,他地域のAEFアボリジニ女性と集会を開き、聖書の勉強,リーダーシップの向上、キンシップの強化に努めている。2006年も女性だけの集会は行われ、AEFのアボリジニ女性のネットワークは活発に活動している。しかし、AEFメルボルンの礼拝に来るアボリジニ信者の数は減少し続け、現在はわずか2,3人という状態である。そのため,これまで行っていた教会活動,例えば聖書の勉強会や,3ヶ月に1回の食事会は行っていない。つまり、AEFメルボルンは強力なネットワークを他地域のアボリジニと持っているが,教会自体は,生き残りに四苦八苦している。
 3つの教会で唯一、ACMMは3年前と同様、非アボリジニのキリスト教徒の支援者グループと様々な活動をしている。支援者グループは、特に教会の資金調達を支援しているが、最近では,積極的にACMMが主催する礼拝にも出席している。ACMMのアボリジニの女性コーディネイターと支援者グループは、来年に大規模な寄付金集めのパーティーを計画している。ACMMの教会運営は、非アボリジニの支援者を持つことによって、定期的に募金活動を行うことができるため順調である。
 本調査で得た成果をもとに、支援者とのネットワーク構築が都市におけるアボリジニ教会にどのような意義をもたらしているのか、そして、女性リーダーとネットワークのかかわりについてさらに分析し,博論を書き直していきたいと考えている。

6.本事業について
   博士課程の学生が応募できる民間の助成金の多くは、年齢制限などがあり、報告者のような熟年学生にとって海外フィールドの資金獲得は困難な状況にある。これまでの2回のフィールドワークも自費で行った。しかし、今回は博士過程終了間際でありながら、海外学生派遣関連事業で渡航費用と2週間の宿泊費の補助を受けて、博士論文執筆中に持ち上がった問題点を調査するために短期フィールドワークができた。また、この事業の恩恵を受けて総研大の多くの学生が国際会議で発表する事にチャレンジしていることはたいへん素晴らしいことだと思う。ただ,今年,総研大を去る者として、こうした事業がもっと早く導入されていたらと少々、残念である。

 
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