専攻専門科目履修等派遣事業 研究成果レポート





工藤紗貴子(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【a.他専攻活用事業】
   日文研所蔵の「近世風俗資料」から、北尾重政「艶本色見種」などをはじめとする未刊行資料を 講読し、これらの解読をおこなう。それにともない、近世庶民がどういった思想、文化を ベースに生活していたのかを研究する。
2.実施場所
  国際日本文化研究センター
3.実施期日
  平成18年2月1日~平成18年3月30日(内 8日)
4.事業の概要
   本研究会で今回テキストとしたのは、国際日本文化研究センター所蔵の近世風俗資料のうち、北尾重政『艶本色見種』および喜多川歌麿『床の梅』である。北尾重政『艶本色見種』は、安永6年(1777年)に刊行されたもので、三冊揃、墨刷りの半紙本である。口絵はそれぞれ、上巻9図、中巻9図、下巻8図の計26図である。
  このテキストの特色は、これら口絵の画題が川柳であることである。ここで用いられている川柳の多くは『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』から採られているが、他に『誹風末摘花(はいふうすえつむはな)』(初編)からもいくつか引用されている。このことから、本テキストの刊行は、流行の川柳から、バレ句という性的な内容の川柳のみを集めて高い評判を得た『誹風末摘花』(初編)にちなんだものであると推測される。
  よって本テキストの刊行年は『誹風末摘花』(初編)が刊行された安永5年秋から間もない、安永6年の正月であろうと推定できる。
  林美一の先行研究によると、本テキストの口絵および序文を描いたのは、北尾派の祖である北尾重政であるとしている。

 研究会では、原本と、撮影して、電子データ化したものの両方を用い、画中に書き込まれた文章(「書き入れ」)の解読と、絵全体の読み解きをおこなった。本テキストは、『誹風末摘花』(初編)、『誹風柳多留』に収められたバレ句を、筆者の北尾重政が解釈し、絵をつけたものである。
喜多川歌麿『床の梅』は、近世変体仮名の読解が中心となった。
 この時期の浮世絵は、画中の人物が着ている着物の紋様や、背景に置かれているもの、画中の掛け軸やついたてに書かれた文字など、すべてに意味が付与されている。また、本テキストは、登場人物がせりふを多く話していることが大きな特徴のひとつであり、この書き込まれたせりふのことを「書き入れ」という。以上のことから、書き入れを読み下し、画中のさまざまな意味を見つけ出すことが、画題の解釈に大きく貢献することになる。これらの読み解きを日文研近世資料データベースに掲載できる精度で作成することが、本研究会の目的である。
  これらの読み解きによって、口絵に添えられた川柳を読んだだけではわからない、画中の状況や人物関係を、推察することができるようになった。さらに書き込まれた当時の風俗をから、何が流行し、これらを見る人々=一般庶民が何に興味を持っていたのか、という心的状況の一端を考えることもできるようになった。

  今回は、これらを読み解く作業に終始したが、これらの集積によって、当時の一般庶民を取り巻く社会状況および心的状況の考察に、大きく寄与することができるであろうと考える。

5.本事業の実施によって得られた成果
本研究会に出席することによって、わたしは以下の成果を得た。

 まず、近世資料の扱い方および、それらの解読をおこなう際の作業手順の習得である。紙の資料を撮影し、電子データにしてこれを解読するのは、拡大や縮小が容易であることからたいへん有効な手段である。これを効率よくおこなうためのソフトの選択等のレクチュアを受けた。このことによって、現在手元に収集した、博士論文研究に関わる近世資料の、有効な活用に向けての現実的なスキルを上げることができた。
  続いて、資料に書き込まれたさまざまな物品、紋様などのアイコンとしての働きについて詳細な説明を受けた。
このことによって、博士論文研究に関わる近世資料の解読に、大きな示唆を得ることとなった。
  また、資料に書き込まれた近世変体仮名の読解をおこなった。今回扱った資料『艶本色見種』および『床の梅』の変体仮名は、ひじょうに特徴ある崩し方をされているために解読が容易ではない。これまで中世後半の、比較的整った崩し方をされた文字の解読しかおこなってこなかったため、ここでの解読は厳しいものでなった。しかしこのことによって、博士論文研究に関わる近世資料の解読のため、たいへんに実戦的なトレーニングをおこなうことができた。
さらに、本研究会には、国際日本文化研究センターに留学している、イギリス、アメリカ、ブラジルなどの研究者、近世風俗資料研究をおこなっている国内の研究者や大学院生も出席している。わたしが所属する専攻には、現在留学生が在籍していないため、国外から日本文化を見る目を持った人と接する機会がない。国際日本文化研究センターで、かれらと議論する機会を得たことは、客観的な視点も持つという、博士論文研究に関する視野の拡大につながった。
 加えて、国際日本文化研究センターという場所が会場であることは、わたしの博士論文研究に関してたいへん有効なことであった。このセンターの研究図書館はたいへんな蔵書数を誇る。わたしの所属する専攻の基盤機関の研究図書館では所蔵していない貴重な書籍や資料を閲覧する機会を得ることができた。これらの資料の閲覧やコピーができたことは、博士論文研究のさらなる発展に大きく寄与することになるであろう。

本研究会は、来年度も、毎月開催することが決定した。このことによって、上記の成果に加え、博士論文研究への、さらなる糧となるレクチュアを受けることができるだろう。

6.本事業について
   国立のさまざまな研究機関に専攻が置かれていることが、総研大の最大の特色であり、同時に魅力である。それぞれの基盤機関でおこなわれている、その研究分野での最新の研究に触れ、みずからの研究を深めることができるということは、他大学ではなかなか困難なことであろう。そういった機会が与えられていることを、総研大の学生としてうれしく思う。
ただ、それぞれの基盤機関が日本各地に点在しているため、容易に行き来できないということが最大の難点でもある。講義や研究会を、その場でじかに聴講することは、テレビ授業などとは比較にならないメリットを学生にもたらす。しかし、それをするには長距離を移動しなければならず、その移動経費は、学生生活の大きな負担となるのである。
大学の特色ゆえに、どうしても専攻にこもりがちになってしまうわれわれにとって、気軽に他専攻へ移動することができる本事業は、たいへん有効なものであるといえるだろう。移動経費を気にすることなく、自分の研究に必要な講義、研究会に出席することができるのである。

 
 戻る