専攻専門科目履修等派遣事業 研究成果レポート





工藤紗貴子(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【h.海外フィールドワーク派遣事業】
  ブータン国内における山岳寺院の見学、参拝者の意識調査
2.実施場所
  ブータン王国(ティンプー、パロ、プナカ)
3.実施期日
  平成18年9月18日(水)~平成18年9月25日(月)
4.事業の概要
 

 9月19日、バンコクからパロ国際空港に到着、首都ティンプーに移動した。ティンプーに着いてすぐ、メモリアル・チョルテンという、3代国王が発願した塔を見学した。3代国王発願ののち、かれの死後に完成したもので、便宜的に「チョルテン」(仏塔の意、サンスクリット語でストゥーパ)と呼ばれてはいるが、国王の追悼施設等ではない。外周を時計回りに回って祈るのが基本で、1日中人々が絶えることはないという。内部は憤怒歓喜天による立体的な曼荼羅だというが、今回は内部の見学はかなわなかった。
 ここでは、チョルテンの近くに設置された大マニ車の前で、マニ・コラル(手で持って回す、小型のマニ車)を回すゴムチェンから、話を聞くことができた。
 同日、タシチョ・ゾン(現政府機関)内部の寺院を見学することができた。ここは政府の機関であるとともに、ブータン仏教(ドゥク派)の総本山でもあり、ここでも寺院本堂の担当の僧に聞き取りをすることができた。                    
 20日はティンプーから陸路でプナカへ移動し、1955年まで冬の王宮として利用されていたワンドゥ・ポダンに向かった。途中、ドチュ・ラという峠で、現王妃が発願して建立させた仏塔群を見学することができた。
 ワンドゥ・ポダンでも内部寺院の見学を許可された。この本堂にはランジュン・カルサパニという観世音菩薩像があり、これはドゥク派の開基に関わる仏像である。ここでは少年僧の行の一部に同席することがかない、その修行生活の一端に触れることができた。同日は、ティンプーとプナカの往復に大きく時間がかかり、聞き取りを中心とした調査はあまりできなかった。
 21日、ティンプーのドゥクトゥプ尼僧院を見学した。ここはブータン仏教での聖人、タントン・ギャルボを祀った寺院が主体で、中心に祭壇が置かれた、ややめずらしい形態の本堂を有する。ここでは責任者の僧に聞き取りをすることができた。
 王立美術学校では、仏像制作科、タンカと呼ばれる仏画の制作科の学生に、聞き取りをおこなった。その後、ティンプーから陸路でパロへ移動し、パロ州内の国立高校に通う高校生から話を聞いた。この日はパロ州内民家にて、僧による魔除けの門付けを見学し、一般の住民から寺院への信心等に関する聞き取りをおこなうことができた。

    22日は川沿いの火葬場、および山中における葬礼所を見に行くことができた。タ・ゾンというかつての要塞を利用した国立博物館では、14から15世紀のタンカ(仏画)や仏像を中心に見学した。さらに、ブータン仏教最大の聖地、タクツァンを訪れ、いくつかの聖地を回り、死者供養の様子などを観察した。タクツァン僧院内部へは、残念ながら許可が下りなかった。
 
5.本事業の実施によって得られた成果


 本事業では、ブータン国内における山岳寺院の見学、参拝者の意識調査を中心にして、宗教的な施設や、そこで仕事に従事する人たちを見学した。出国前の情報では、特に寺院への外国人の立ち入りがなかなか難しく、許可が下りないという状況で、調査の質に不安が残った部分もいくつかあった。しかし、実際ブータンに入国し、その都度許可を請うようにし、予想を超える数の寺院、僧院での調査が可能になった。
 また、インフォーマントにもめぐまれ、葬儀や埋葬の手順について話を聞いたり、ゴムチェンという、出家はしないが、占いやお祓いなどで生計を立てている在俗の宗教者に会うこともできた。尼僧院から自宅に一時帰宅をしている尼僧から、話を聞くこともできた。
 さらに、これは突発的なできごとだったが、怪物役とともに各家を回り、家々をお祓いするゴムチェンの、その門付けを見ることもできた。このように本事業では、当初の予定よりも多くの聞き取りや見学をおこなうことができた。
 特に、tsatsa(ツァツァ)と呼ばれる歯骨納めの風習を知ることができたのは収穫だった。ツァツァは、手のひらに収まる程度の白いさかずき状の容器に、とがったふたをかぶせたもので、全長10センチほどの小さなものである。
 ブータンの葬送は、河原での火葬が基本で、遺灰は川に流す。その際、大きめの骨などを入れるのが、このツァツァである。ツァツァは街角や寺のマニ車の近くや、山内のマニ石(真言が刻まれた石)の近くの、がけのくぼみなど、多少なりと宗教色のある場所に置かれる。遺族はいちど置いたツァツァに参拝するようなことはない。また、葬式ののち、遺族は山中の少し開けた場所に、経文を印刷した白色の布を竹竿につけた、ダルシンというのぼりのようなものを108本、故人が成仏できることを祈って立てるのだという。このダルシンも、立てたのちは顧みられることなく、風雨に倒れるままとされる。ダルシン自体は国内のあちこちに見られるが、まとまった数が一か所に集中して立てられているのは、死んだ人のために立てられたものなのだという。

   こういった歯骨納めのようなものをはじめとする習俗の観察、また高校生、大卒の20代、50代の男性、60代後半のゴムチェンなど、さまざまな年齢層の人々の死生観や寺院、宗教的な習俗との関わりなどについての聞き取りのデータは、「山の霊場」をめぐる民俗習俗をテーマに博論制作を進める上で、大きな収穫と示唆をもたらしたといえる。

6.本事業について
 

 強い興味はあるが、なかなか行く機会にめぐまれない場所は少なからずある。今回の調査地は、出身大学のスタディ・ツアーに同行させていただくという形で実現した、個人ではなかなか行くことができない場所であった。しかも気軽に調査に出て行けるだけの経済的な基盤はなかなかないのが現状である。その中で、本事業に採択されたことによって、この数少ない機会をみずからの糧にすることができた。この点に関してはたいへん感謝している。
 本事業に採択されたのは、今年度最初のイニシアティブ委員会によってである。その後、イニシアティブの各種事業に関わる事務手続きは、急速に整備されていった感がある。
当初予定していたネパールが、政情不安のため渡航できなくなり、また受け入れ国の都合により、申請の日程が変更された。こうした変更によって、教育研究推進室の方々をはじめとする事務の方々に、何度もお手数をおかけすることになってしまったことを、お詫び申し上げたい。
 また今回は、受け入れ国の都合で、旅行社は滞在1日につき定額を支払わなければならない。そこには渡航国内の移動経費、宿泊費、食費が全て含まれており、結果として旅行代金の内訳を全て提出することができなかった。
 問題は食費が旅行代金に含まれてしまうことであった。しかし、海外へ調査、または国際学会へ発表しに行く場合、なんらかのパッケージツアーの航空チケットで渡航する学生は多いであろう。特に学生企画などで複数名の学生海外へ移動する場合には、旅行会社の提供するパッケージに乗った方が、結果としてかなりの安価で渡航することが可能となることが多い。そしてそういうパッケージでは、何食か分の食費が旅行代金に含まれてしまうことが少なくない。食費を明確に算出できるなら、内訳に明記することでクリアすることができるだろう。しかし、本調査のように諸般の事情でそれがかなわないことも想定されるのである。
 そういった場合、総研大の規定によって「1食分(または1日分)の食費」という金額が定められていると、パッケージ料金から該当の食費を引き、移動経費を算出することができるため、たいへん役に立つのではないだろうか。旅行代金の内訳が出ないというケースは、あまり多くはないのかもしれないが、例えばそういった規定があれば、イニシアティブ事業経費で移動をする学生に、なんらかの選択肢を与える可能性もあるのではないか、と考えるのである。

 
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