国内外研究成果発表等派遣事業 研究成果レポート





松岡 葉月(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【g.海外教育研究機関活用事業】
  韓国の博物館教育、および博物館教育評価に関する調査
2.実施場所
  韓国国立中央博物館、国立民俗博物館、西大門刑務所博物館、独立記念館
3.実施期日
  平成18年10月20日(金) ~ 平成18年10月27日(金)
4.事業の概要
   今回のフィールドワーク派遣事業で、報告者は韓国の博物館教育とその評価方法について、韓国国立中央博物館、国立民俗博物館での聞き取り調査を中心に調査を実施した。なお、報告者は博士論文では、利用者が展示を活用してどのように学ぶのかという学習科学の視点から、歴史系博物館の学習プログラムを通して、利用者の主体的学びについて研究を行っている。 双方の博物館では、教育事業に関して「学習プログラムの対象と内容」「使用教材」「教育事業評価」について聞き取り調査を実施した。
まず、韓国国立中央博物館での調査の概要を述べる。この博物館は、2005年にリニューアル・オープンされ、館内の設備、見学支援ツールや展示手法においても最新の技法が取り入れられている。展示は、考古、歴史、美術の3部門からなり、子どものための博物館も設置されている。
 はじめに、館内の展示をMP3音声ガイダンスを使用して見学した。この他、見学支援ツールとしてPDAも貸し出されている。音声ガイダンスは、一方的な説明ではなく、聞き手と語り手の対話で構成されており、聞き手は、見学者とは別の展示を見る観点を与える役割もある。子どものための博物館は、住居、農耕、音楽、戦争の4領域の内容で57アイテムの体験型の展示が作られている。学習プログラムは、常設展示用と子どものための博物館用に分けられる。常設展示の見学のために用意されているプログラムの対象は、小学生、中学生、高校生以上、視覚障害者に分けられている。展示を見学しながら進めていく内容で、リーフレット形式のものが多い。博物館の内部に、体験学習用の教室がいくつかあり、利用者は、昔の伝統工芸を中心に作品作りを楽しむことができる。参加費は無料である。子どものための博物館では、特に見学支援教材は用意されてはいないが、展示と関連した体験学習プログラムが毎日のように計画されており、そのための部屋が用意されている。
次に、国立民俗博物館での調査の概要を述べる。この博物館は、ソウル中心部の景福宮内に位置し、古代から朝鮮時代にかけての生活文化に関する遺物が展示されている。さらに、子どものための博物館も併設されている。館内見学のために、日本語の音声ガイダンスも用意されている。
 ここでは、国立中央博物館よりさらに教育活動が重視されていた。学習プログラムは、常設展示用と子どものための博物館用に分けられる。常設展示の見学のために用意されているプログラムの対象は、小学生と青少年、成人、外国人、教員・専門職に分けられている。展示を見学しながら進めていく内容のリーフレット形式のワークシートもあるが、展示に関連した体験学習プログラムが、ほぼ毎日計画されて実施されている。外国人のためのプログラムは、韓国の文化理解を深め、生活文化に馴染んでもらうことを目的として、ソウルなどに在住する外国人のために近年計画された。ここに国際都市ソウルの抱えている背景が伺える。博物館の内部には、利用者の製作した民俗工芸品を展示する部屋があり、博物館と利用者、利用者同士の交流の場として活用されている様子がうかがえる。子どものための博物館では、特に見学支援教材は用意されてはいないが、展示と関連した体験学習プログラムが毎日のように計画されており、体験学習教室でプログラムが実施されている。
この他、西大門刑務所博物館、独立記念館では日本語ボランティアを通じて展示を見学した。こうして約一週間にわたる調査を終了した。

5.本事業の実施によって得られた成果
 学生フィールドワーク支援事業に参加させていただいたことで、報告者は次のような成果を得ることが出来たと考えている。まず、主目的である博士論文研究にとっては、国内の歴史系博物館を対象とした学習プログラムと比較するかたちで、必要な詳細資料を入手することが出来た点である。
韓国国立中央博物館、国立民俗博物館では、複数の教育関係者と接し、交流を深めることができたことで、韓国の教育事業が様々な専門家によって構成され、実施されている実情を認識できた。今回の調査の大きな課題である教育事業評価については、特に先進的な取り組みは見られなかったが、国立民俗博物館では、来年度より専門的な研究機関によって教育事業の評価が行われる予定であるという。現在では、全ての来館者に簡単なアンケートを実施して、教育事業に関する満足度調査が定量的に行われている。一方、
韓国国立中央博物館では、学校と関わる事業評価では、現場の先生と活動に関するアセスメントが行われているが、全体の活動の評価は、今年度の11月より、学芸部と教育部に加えて、外部委託の人が加わり、
評価が実施される予定である。双方の博物館で得た学習プログラムの実施状況は、博士論文の学習プログラム評価の中に、国内のものと比較する形で位置づけたいと考えている。
  さらに報告者は、学習科学の観点から、学習プログラムの効果について強い関心を抱いている。今回の調査で明らかになったことは、来館者の学びをどのようにとらえるかという認識が国によって異なるということである。合衆国においては、学ぶ側の理論が十分に研究され、学習プログラムが計画されているのに対して、韓国では、学習プログラムを作る側の価値観が重要で、つまり、韓国の人々に何を伝えたいかが重要視され、それを伝えるための方法が充実している。よって、学習科学の理論は、意識的に、または積極的には取り入れられていない。文化伝承に関する考えや方法は、国の事情にもよるので、どれをよしとするかは別として、聞き取り調査に応じてくださった教育担当の人たちは、学習科学の理論に大きな関心を寄せてくださったことは事実である。今後も研究において、歴史展示における利用者の主体的学びを促す支援として、学習科学の理論を取り入れ、利用者の学びの実態を分析していきたい。
  今回の海外フィールド派遣事業において、日本と近い文化をもつ韓国で、考古、歴史、民俗という分野から、韓国の教育事業を調査できたことは、今後、日本の歴史展示に関する学習プログラムを評価する点においても大きな示唆を与えてくれると考えている。

6.本事業について
   今年度より学生フィールドワーク事業が始まり、文化科学研究科のなかでも、海外調査に出かける機会の少ない日本歴史研究専攻の私どもにとっては、大変歓迎すべきことだと思っています。知る限りでは、学生にこのような支援を行っている大学は少ないのではないかと思いますが、今回このように調査に出かけ、博士論文のための研究成果を得る機会を与えてくださった、総研大の諸先生方および関係職員の皆様に感謝いたします。

 
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