国内外フィールドワーク等派遣事業 研究成果レポート





松岡葉月(日本歴史研究専攻)
 
1.事業実施の目的 【c.国内フィールドワーク派遣事業】
  博物館教育、および博物館教育評価に関する動向調査
2.実施場所
  神戸市立博物館、園田学園女子大学(ヴィゴツキー研修会)
3.実施期日
  平成18年7月28日(木) から 平成18年8月1日(火)
4.事業の概要
  国内フィールドワークの内容
1.博物館教育に関する動向および評価に関する調査

調査場所① 神戸市立博物館
  神戸市立博物館は、考古、歴史資料において国宝級の優れた資料を多く所蔵する博物館である。
  代表的な資料として、国宝・桜ヶ丘銅鐸(どうたく)・銅戈(どうか)、南蛮図屏風がある。館の教育活動は盛んで、毎年、多くの博学連携事業を実施しており、出前授業、学校用の貸し出し教材の開発も盛んである。このほか、土日のワークショップなど内容も豊富である。今年度は、文化庁の支援を受け、学校の授業、および授業以外の対応においてより一層教育活動が盛んになった。今年度のワークショップの数は、年間300件を予定している。
  調査では、夏休みの教育プログラムの体験学習と企画展示の教育プログラムを対象とした。
体験プログラムの大きなテーマは、「古代人の生活を知ろう」で、小テーマに「銅鏡作り」「縄文土器作り」「火おこしの体験」があった。それぞれの活動に補助スタッフとして参加した。
企画展示のプログラムは、館の所蔵する本物の資料を展示し、親子のコミュニケーションが活発になる学習支援教材を提示していた。利用者の見学の様子を観察させていただき、展示を介したコミュニケーション支援と、その評価について考察した。

調査場所② 園田学園女子大学(ヴィゴツキー研修会)
 ヴィゴツキーは、学びとは、個人の中にある経験や知識を基に社会と関わることで成り立つと考える社会構成主義の学習観をもち、社会構成主義の主唱者である。近年の博物館における学びに彼の学習理論が積極的に取り入れられている。ヴィゴツキー研修会では、ヴィゴツキー研究に関する最先端の情報から、参加者が討論した。今回のヴィゴツキー研修会の発表テーマは、「状況的学習論の限界」、「ヴィゴツキーにおける環境の問題」である。博物館のようなモノを介したコミュニケーションに、これらの見解がどのように拡張できるのか検討した。

5.本事業の実施によって得られた成果
  調査場所① 神戸市立博物館
  教育活動の評価として、プログラム、ワークシート、場の設定とその他の3つの観点から成果を述べる。まず、プログラムの内容であるが、体験学習で例年実施されていた「縄文土器作り」「火おこしの体験」は、スタッフの指導も熟達しており、参加者にとっても満足度の高い内容であった。土器作りは、実際の釜職人を講師として招いたことで、素材も良いものが厳選されており、質的にもよい土器が製作された。参加者の大半は、小学校3年生であったが、スタッフが参加者1人に対して2人と充実していた。大半が保護者同伴であるため、スタッフの足りない博物館は、保護者の協力を得るのも効果的であろう。火おこしの体験も同様である。「銅鏡作り」は今回初めて実施されたプログラムである。金属を溶解して模様をいれ、凝固させて磨きをかける本格的な一連の工程を参加者が全て実施した。展示されているモノが、どのような工程でできるのか実際に体験することは、モノを見る姿勢がより主体的になるが、今回のプログラムは、技術的に少し難解であった。工程の途中までを参観させて、少し容易な作業をさせる程度でも満足度は得られると考える。体験学習は、館の体験学習室ではなく、広いエントランスをもつ館の構造を生かして、エントランスに体験学習教室の場を設定してプログラムが実施されていた。一般の入館者も教室の模様を参観することができ、館の教育活動の内容と普及を図る効果的な手だてであると感じた。
  企画展示は、見学に訪れた親子のコミュニケーションが活発になるワークシート他、情報コンテンツが用意されていた。今回は、教科書にも馴染みの本物の資料を提示していたことで来館者の関心度も高く、展示解説書やワークシートなしでも、親子やその他の鑑賞者の対話も弾んでいた。ワークシートは展示と利用者をつなぐ教材である。資料によっては、見るポイントを詳細に提示しなければ鑑賞者の積極的な資料との関わりも生まれない場合もある。今回の事例は、資料の性質とワークシートの関係についてひとつの意味を提示してくれた。
 
調査場所② 園田学園女子大学(ヴィゴツキー研修会)
  ヴィゴツキーの社会構成主義の理論は、状況的学習論にも援用されている。状況的学習論とは、文化・社会を文脈とする学びであり、個人の知識は、個人の置かれた状況に左右されるという考え方である。研究会では、状況的学習論の限界について討論され、この学習論は人がどのように学習するかのみ議論しており、何を学習するかについては、その活動に所与のものであることを前提にしている点が共通認識された。今後、個人の発達においては環境が欠かせない概念であることも認識され、学び手が環境をどのように取り入れていくか、適応していくか議論された。博物館は、学び手にとって一つの直接的な環境であり、博物館という文化的文脈にそって知識が構成される特質がある。これを背景に、博物館で何をどう学ぶかという実態を分析し評価に繋げていきたい。

6.本事業について
 

 今回初めて、国内フィールドワークで事業を活用させていただきました。お蔭様で、多くの成果を得ることができました。
博士論文研究においては、国内外の博物館を対象に学習プログラムの動向調査を取り入れています。それぞれの博物館の設立理念において特徴的な館を取り上げて調査を実施するにあたり、現場に趣いたフィールドワークは欠かせません。

  今後も、現場での調査研究を支援してくださるこの事業が継続されることを希望いたします。

 
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